大判例

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東京高等裁判所 昭和62年(ネ)1615号 判決

控訴人

加藤奉榮

外一七名

右一八名訴訟代理人弁護士

後藤孝典

弘中惇一郎

山口紀洋

藤沢抱一

被控訴人

右代表者法務大臣

前田勲男

右訴訟代理人弁護士

鎌田寛

右指定代理人

野﨑守

外八名

主文

一  本件控訴をいずれも棄却する。

二  控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  控訴人ら(当審において請求の減縮をした。)

1  原判決を取り消す。

2(一)  被控訴人は、控訴人加藤奉榮に対し、五〇〇万円及びこれに対する昭和四二年八月一七日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  被控訴人は、控訴人加藤ツヤノに対し、一〇〇万円及びこれに対する昭和四二年八月一七日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

3(一)  被控訴人は、控訴人鈴木サツコに対し、三五〇万円及びこれに対する昭和四二年五月一日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  被控訴人は、控訴人鈴木斉、同鈴木智美に対し、各二二五万円及びこれに対する昭和四二年五月一日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

4(一)  被控訴人は、控訴人所ひさえに対し、五〇〇万円及びこれに対する昭和三七年六月二三日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  被控訴人は、控訴人所邦衛に対し、一〇〇万円及びこれに対する昭和四一年三月二七日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

(三)  被控訴人は、控訴人所博昭に対し、一〇〇万円及びこれに対する昭和四三年四月一六日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

5  被控訴人は、控訴人平木葉子、同平木美絵、同上川和恵に対し、各二六六万円及びこれに対する昭和五〇年二月一日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

6(一)  被控訴人は、控訴人三田健雄に対し、五〇〇万円及びこれに対する昭和四八年九月一七日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  被控訴人は、控訴人三田紀美子、同武田むつみ、同三田いずみに対し、各一〇〇万円及びこれに対する昭和四八年九月一七日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

7(一)  被控訴人は、控訴人安田キミに対し、五〇〇万円及びこれに対する昭和五〇年一〇月八日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  被控訴人は、控訴人安田政一、同善波悦子に対し、各一〇〇万円及びこれに対する昭和五八年一〇月八日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

8  訴訟費用は、第一、第二審とも被控訴人の負担とする。

9  仮執行宣言

二  被控訴人

主文第一項同旨

第二  当事者の主張

当事者双方の主張は、次のとおり付加、訂正、削除するほかは、原判決の事実摘示の「第二 当事者の主張」欄記載中の控訴人らと被控訴人に関する部分のとおりであるから、これを引用する。

一  〈省略〉

二  同三四枚目裏一〇行目から四五枚目表七行目までを次のとおり改める。

「10 被控訴人の責任

(一)  薬事法の構造

(1) 憲法二五条と薬事法

薬事法(以下、昭和三五年法律第一四五号附則二条により廃止される前の薬事法(昭和二三年法律第一九七号)を『旧法』といい、昭和五四年法律第五六号により改正される前の薬事法(昭和三五年法律第一四五号)を『現行法』といい、昭和五四年法律第五六号による改正後のものを『昭和五四年改正法』という。)は、国の憲法二五条に基づく国民の健康保護という国の政治的責務実現のために制定されたものであり、また、医薬品という特殊な物質を規制するための法律であり、国民の安全確保ないし医薬品の危害防止を目的とした法律であって、厚生大臣の積極的かつ適切な権限行使を義務づけた法律である。

(2) 薬事法における安全性確保のための二重構造

薬事法は、次のとおり、医薬品そのものに関する諸規定(以下、これらを『物規定』という。)と業者に関する諸規定(以下、これらを『業者規定』という。)との二重構造を基礎構造とし、更に、その上に、特定の医薬品を行政庁が一方的に指定することによって、医薬品の安全性を確保するという上層構造等を有し、医薬品の安全性を確保するための周到な配慮がされている立体構造をもった法律である。

現行法中の業者規定、すなわち、医薬品製造業の許可(一二条)、輸入販売業の許可(二二条)、薬局開設者の許可(五条)、販売業の許可(二五条)、右各許可の取消し、業務停止(七五条)、右各許可の取消し等をする際の事前の聴聞(七六条)の各規定については、講学上の警察法規であり、業者の営業の自由との兼ね合いから、消極的な取締りを目的とする警察法的取締規定と解し得る。

これに対し、現行法中の物規定、すなわち、医薬品の製造承認の規定(一四条)、医薬品の基準及び検定に関する規定(四一条ないし四三条)、医薬品の取扱いに関する規定(四四条ないし五八条)、医薬品の広告に対する制限規定(六六条ないし六八条)は、医薬品たる物品そのものを規制する規定であり、業者の取締りを目的とする業者規定とはその法的性格が異なり、積極的に、医薬品を使用する一般の消費者の安全を保護することを目的とした規定と解すべきである(特に、一四条の製造承認の規定と四一条の日本薬局方についての規定は、医薬品の基準を定める規定であり、医薬品の安全性確保の中心をなす規定である。)。物規定による厚生大臣の規制の対象は医薬品それ自体であり、その規制権限は、医薬品の(有効性とともに)安全性を確保するために、憲法二五条に基づき厚生大臣に与えられている権限であるから、厚生大臣が右権限を行使する場合には、憲法二二条一項との兼ね合いを重視すべきではなく、薬事関係業者の自由を無視ないし軽視すべきであって、国民に対する安全性確保を優越的かつ第一義的目的として、積極的に行使すべきである。

薬事法は、右業者規定と物規定の二重構造(基礎構造)の上に、行政庁による医薬品の『指定』という上層構造を有する。この『指定』とは、行政庁によって一方的にある特定の医薬品を指定する措置であって、業者規定、物規定を問わず存在する。具体的には、現行法二九条、三〇条、三一条、三五条、三六条、四二条ないし四四条、四九条、五〇条八号、九号、五五条、六七条の各規定がそれである。指定権限を有する行政庁は、三〇条、三一条は県知事、六七条は内閣であり、その他はすべて厚生大臣である。右指定に共通する法的性質は、①既に一般の流通に置くことが法的に認められた医薬品のうちの特定の医薬品についてのみ業者に不利益を課す行政措置であること、②特定の医薬品につき、販売等を特定の方法によるべきものとすることによって医薬品の危険性から国民の利益を保護しようとする行政措置であること、また、③業者に対し法的不利益を一方的に課す行政措置でありながら、右指定については、七六条(聴聞)の規定の適用はなく、業者保護のための規定が設けられていないこと、である。したがって、右指定は、業者の利益に対して、国民の利益を優先して保護しようとする法意を具体化した制度と解すべきである。

(3) 医薬品国定主義

現行法は、一条、七九条二項所定の目的を実現するための立法上の方法として、流通に置かれる医薬品は国が定めるという方法を採用している。すなわち、ある物を薬事法上の医薬品(現行法二条一項)として製造するためには、その物が厚生大臣によって日本薬局方に収載された物であるか(四一条)、又は、厚生大臣による製造承認を得た物であるか(一四条)のいずれかしかない。この意味において、薬事法は、医薬品国定主義を採用し、立法政策上、国が国の責任において、医薬品の安全性を確保するという方法を採っているのであるから、国による医薬品の製造可能適格性付与に起因して国民に被害が発生したときには、国が第一次的責任を負うべきである。

(4) 薬局方の法的性格

旧法では、公定書に収められたものは医薬品であるとされ(二条四項一号)、公定書とは、薬局方(日本薬局方の最新版)、医薬品集(国民医薬品集の最新版)又はこれらの追補をいうとされ(二条八項、九項)、厚生大臣は、医薬品の強度、品質及び純度の適正を図るために、薬事審議会の意見を聞いて、日本薬局方、国民医薬品集又はこれらの追補を発行し、これを公布しなければならないとされていた。

現行法では、旧法が日本薬局方と国民医薬品集の二本立てであったのを日本薬局方に一本化した。日本薬局方は第一部と第二部に分けられ、第一部には、主として、繁用される原薬たる医薬品及び基礎的製剤を収め、第二部には、主として、混合製剤及びその原薬たる医薬品を収めるものとされ(四一条二項)、国民医薬品集は右の第二部に吸収されることになった。厚生大臣は、医薬品の性状及び品質の適正をはかるため、中央薬事審議会の意見を聞いて、日本薬局方を定め、これを公示するものとされ(四一条一項)、少なくとも一〇年ごとに日本薬局方の全面にわたって中央薬事審議会の検討が行われるように、その改定について中央薬事審議会に諮問しなければならないものとされている(四一条三項)。

現行法の薬局方の法的性格として、次の諸点を指摘し得る。

① 厚生大臣が原案を作成し、中央薬事審議会の意見を聞いて制定し公示する法規命令である。

② 医薬に供する重要な医薬品を収載するものである。

③ 医薬品の性状及び品質についての基準である。

(5) 薬局方改定に関する厚生大臣の責務と権限

特定の医薬品を日本薬局方に収載するに当たり、『申請者』なる概念を容れる余地はなく、右収載は、厚生大臣だけの判断によりなされるものである(現行法四一条)。同条三項の規定からしても、厚生大臣には、一度定められた薬局方を改正するか否か、すなわち、一度薬局方に収載された医薬品を引き続き収載し続けるか否か、特定の医薬品を薬局方から削除するか否かを決する責務及び権限が付与されているものと解すべきであり(同条三項は、厚生大臣に対し日本薬局方からの削除を義務づける根拠規定である。)、厚生大臣は右権限を積極的に行使すべきものである。また、厚生大臣は、特定の医薬品を薬局方から削除することは、どの医薬品についても、また、いつでも行うことができるのであり、その場合に厚生大臣がとるべき手続としては、中央薬事審議会に諮問すること以外に、業者保護のための何らの手続をも要しない。

以上、要するに、厚生大臣は、日本薬局方収載のいかなる医薬品についても、その独自の責務と権限において、いつでも合理的理由があれば、中央薬事審議会への諮問手続を経たうえで、日本薬局方から削除することができるものである。

本件においては、前記1(二)記載のとおり、厚生大臣は、昭和三〇年三月一五日、燐酸クロロキン及び燐酸クロロキン錠を第二改正国民医薬品集に収載し、公布して以降、昭和三六年四月一日公示の第七改正日本薬局方及び昭和四六年四月一日公示の第八改正日本薬局方にリン酸クロロキン及びリン酸クロロキン錠を収載し続け、昭和五一年四月一日公示の第九改正日本薬局方に至って、これらを削除したものであり、右収載及び削除は、いずれも厚生大臣の責任と権限により行われたものである。

(6) 医薬品の製造承認の法的性質

局方外医薬品については、現行法一四条(製造承認)により、それぞれ品目ごとに吟味して承認を与えることにより、不良ないし不適当な医薬品の出現を防止するものとされている。右規定による製造承認は、その品目の医薬品その物自体について与えられるものであり、右製造承認の審査においては、その物が医薬品として適当なものであるか否かという点についての判断がされるのであって、申請者にその物を製造する能力があるか否か等の審査は、右規定ではなく、一二条、一八条の規定による許可に際して行われる。したがって、一四条の承認の法的性質は、一般的禁止の解除という警察的性格のものではなく、講学上の『確認』であり、一種の公認行為であると解される(これが有権解釈である。)。

一四条の承認については、同条の規定による承認を受けていない効能、効果は添付文書等に記載することが禁止され(五四条)、成分又は分量(分量が不明の物にあっては、その本質又は製造方法)が右規定による承認の内容と異なる医薬品は、製造、販売等が禁止されている(五六条二号)のであるから、一四条の承認には、医薬品の安全性確保の法意が存することは明らかである。

また、一四条は、承認審査において、『成分、分量、用法、用量、効能』だけではなく、『効果等』をも審査すべきことを定めている。右規定が『効能』とは区別して『効果等』を審査対象にしているのは、申請者の意図せざる効果、すなわち副作用、毒性等をも審査対象とする趣旨であり、右規定は、厚生大臣が、右承認審査において、当該医薬品の副作用、毒性等についても審査する権限を定めた規定と解すべきである。

(二)  厚生大臣の医薬品の安全性確保義務

(1) 日本薬局方への収載及び削除

厚生大臣は、特定の物質を日本薬局方から削除する権限を有し、かつ、義務を負う(現行法四一条)。この厚生大臣の削除義務は、憲法二五条一項に基づく国の国民に対する直接の健康確保義務の具体的実現として、現行法が定めたものであり、厚生大臣が国民に対し負担する医薬品の第一次的安全性確保義務である。厚生大臣が、右義務に違反して局方医薬品を削除しないときには、国家賠償法上、違法であり、故意又は過失は推定されるのを原則とし、国は損害を受けた国民に対し、同法上の損害賠償義務を負うものである。

厚生大臣が、ある医薬品の有害性が有効性を上回っている事実、あるいは有効性があるにしても重大な有害性があることを知ったときに、医薬品製造、販売業者らの営業上の利益等を考慮して、当該医薬品を日本薬局方から削除しないことは、他事考慮により、国民に対し違法に削除義務を行使しないものというほかない。

(2) 新薬の製造承認

厚生大臣が、現行法一四条一項の製造承認の審査において、申請に係る特定の医薬品を有効性とともに安全性もある医薬品として承認したということは、同時に、右申請に係る医薬品と同一の成分である先行承認医薬品及び右申請に係る医薬品と主たる成分が薬理作用において同一である先行承認医薬品(すなわち、同一の効能効果等を有する先行承認医薬品)についても、同項の承認医薬品として再確認したものと解すべきである。

したがって、申請に係る特定の医薬品の承認審査時において、当該医薬品と同一の成分を有する先行承認医薬品及び当該医薬品と同一の効能効果等を有する先行承認医薬品(日本薬局方収載医薬品を含む。)には、重大な毒性ないし副作用があり有用性のないことが、当時の医学薬学の最高水準に照らして判明している場合、又は厚生大臣ないし厚生省の審査担当者において現に知っていた場合には、厚生大臣は、当該申請に係る医薬品について不承認とすべきであるが、同時に、右先行承認医薬品全部についての承認を取り消すべきである(日本薬局方収載医薬品については、四一条所定の手続を経たうえで局方から削除すべきである。)。仮に、厚生大臣が、右の場合に、当該申請に係る医薬品につき承認をしたとすれば、右承認は、右先行承認医薬品全部について、作為により、一四条一項の承認医薬品として(日本薬局方収載医薬品については同収載医薬品として)再確認した違法があるというべきである(作為による違法行為であって、承認の取消しをしなかったという不作為による違法行為ではない。)。

また、現行法一四条二項所定の医薬品の変更承認の審査は、同一医薬品はもとより同一の効能効果等を有するすべての先行承認医薬品(日本薬局方収載医薬品を含む。)についての再審査であるから、同項の変更承認は、右先行承認医薬品を同条一項の承認医薬品として(日本薬局方収載医薬品については同収載医薬品として)再確認したものと解すべきである。したがって、特定の医薬品の効能効果等についての変更承認申請の審査時において、当該医薬品に重大な毒性ないし副作用があり有用性のないことが、当時の医学薬学の最高水準に照らして判明している場合、又は厚生大臣ないし厚生省の審査担当者において現に知っていた場合には、厚生大臣は、当該変更承認申請を不承認とすべきであるが、同時に、当該医薬品について与えた第一項の承認そのものを取り消すべきであり、かつ、当該医薬品と同一の薬理作用をもつ他の承認医薬品についても同項の承認を取り消すべきである(日本薬局方収載医薬品については、四一条所定の手続を経たうえで局方から削除すべきである。)。仮に、厚生大臣が、右の場合に、変更承認をしたとすれば、右変更承認は、同一医薬品はもとより同一の効能効果等を有する先行承認医薬品全部について、作為により、一四条一項の承認医薬品として(日本薬局方収載医薬品については同収載医薬品として)再確認した違法があるというべきである。本件におけるキドラ、CQCについての変更承認は、他のクロロキン製剤(レゾヒン、エレストール、キニロン)の医薬品としての有効性と安全性についての、作為による再確認とみるべきである。

(3) 厚生大臣の製造承認取消しの権限及び義務

現行法一四条の製造承認の取消し又は撤回は、これを明定する条文はないが可能と解すべきである。そして、右取消し又は撤回の能否は、取消し又は撤回をしない場合の公益上の不利益と、取消し又は撤回をした場合に製薬会社が被る不利益の有無、その性質及び程度との比較較量により決せられるべきである。右承認が授益的行政行為であるとしても、これによる既得の承認利益は微細なものであるから、承認を維持することが公益に反する場合には、厚生大臣は、明文の規定がなくても、承認の取消し又は撤回をすることが当然に許される。

また、仮に、明文の根拠を要するとしても、一四条の立法目的が、日本薬局方未収載医薬品について、一般の流通に置く医薬品とするだけの有効性、安全性があるか否かを審査し、一般社会に流通する医薬品の有効性、安全性を確保することにあることを考えれば、同条には、右承認の取消し又は撤回を肯定する法意が含まれているものと解すべきである(四一条三項が厚生大臣の日本薬局方からの削除権限を認めていることも、その根拠とし得る。)。

さらに、過去における厚生省の薬事行政実務も、次のとおり、製造承認の取消しができるとの前提で行われており、厚生大臣が国会において、その旨の答弁をしている。

① 昭和四五年五月一九日、第六三回国会衆議院決算委員会において、内田常雄厚生大臣は、現行法一四条の製造承認の取消しにつき、次のような答弁をしている。

『法律の改正をいたさなくても、本当に前の承認が誤りであった、また、前の承認と、条件その他が違ってきて、今日無効であることが客観的に学会等の検証によって認められます場合には、行政行為によって承認をいたしたものでありますから、今日の薬事法上の承認の取消しということはできる、こういう解釈に私どもは立っていますので、取消しの条文がないから取り消さないということではございません。』

② 昭和四〇年五月一一日薬発第三六〇号各都道府県知事宛て厚生省薬務局長通知『かぜ薬の製造(輸入)承認および製造(輸入)許可について』は、次のとおり、製造承認の取消しを通知している。

『アンプル入りかぜ薬の事故対策については種々御高配を煩わしたところであるが、五月七日付けで中央薬事審議会から別紙の答申があり、これに基づきすでに製造承認を受けているアンプル入りかぜ薬に関する取扱並びに今後のかぜ薬の製造(輸入)承認及び製造(輸入)許可は、下記により行うこととしたので関係製造(輸入販売)業者に対し周知徹底を図るとともに、円滑な事務処理が行われるよう何分の御配慮を煩わしたい。

1 すでに製造許可を受けているアンプル入りかぜ薬について上記の剤型については、六月末日までに製造品目の廃止届を提出させること。

また、同日までに廃止届を提出しない場合は、提出しない者の氏名(法人にあってはその名称)及び当該品目名を七月一〇日までに当局に報告すること。

当該品目については、上記報告に基づき当局において製造承認の取消しを行う方針である。(以下、略)』

(三)  本件クロロキン薬害における公務員の違法行為

(1) 厚生大臣の違法行為(作為及び不作為)

(ア) 厚生大臣の作為による違法行為

厚生省は、その権限、任務、組織及び能力並びに情報収集に適した立場等からして、医薬品の副作用の情報収集能力という面では、製薬会社よりもはるかに勝っていたものであるから、国においても、製薬会社と同様、前記ホッブズ論文(昭和三四年(一九五九年)一〇月発行のランセット誌に掲載された。)等から、昭和三五年(一九六〇年)一月ころには、クロロキン製剤の連用による網膜症の発症を予見することは可能であり、かつ、それ以降は、年ごとにその予見が容易になったものとみるべきである。

しかるに、厚生大臣は、昭和三五年(一九六〇年)一月以降、左記のとおり、クロロキン製剤の品目製造許可、製造承認、輸入承認、効能拡大承認等の処分を行い、あるいはクロロキン製剤を局方に収載する処分をした。

① 昭和三五年(一九六〇年)一二月六日

効能を慢性腎炎としてキドラの品目製造許可(旧法二六条三項)

② 昭和三六年(一九六一年)四月一日

リン酸クロロキン及びリン酸クロロキン錠を第七改正日本薬局方に収載(現行法四一条)

③ 同年一一月六日

キドラにつき慢性腎炎及びリウマチ性関節炎に効能追加承認(現行法一四条二項)

④ 昭和三七年(一九六二年)三月三一日

効能を腎炎、ネフローゼとして、CQCの製造承認(現行法一四条一項)

⑤ 同年九月一三日

CQCにつき関節ロイマチスに効能追加承認(現行法一四条二項)

⑥ 昭和三八年(一九六三年)一二月一三日

キドラにつき気管支喘息、エリテマトーデス等に効能追加承認(現行法一四条二項)

⑦ 昭和三九年(一九六四年)一一月一三日

キドラにつきてんかんに効能追加承認(現行法一四条二項)

⑧ 昭和四〇年(一九六五年)一二月一四日

ウィンスロップ・ラボラトリースに対し、硫酸ヒドロキシクロロキンの輸入承認(現行法二三条、一四条一項)

⑨ 昭和四一年(一九六六年)七月一二日

日本商事に対し、ヒドロキシクロロキンサルフェートの輸入承認(現行法二三条、一四条一項)

⑩ 昭和四二年(一九六七年)一月一九日

中野薬品工業に対し、ロンドミン錠の製造承認(現行法一四条一項)

⑪ 同年六月二四日

日本ユクララに対し、硫酸ヒドロキシクロロキンの輸入承認(現行法二三条、一四条一項)

⑫ 右同日

海外交易に対し、硫酸ヒドロキシクロロキンの輸入承認(現行法二三条、一四条一項)

⑬ 同年七月二四日

太田製薬工業に対し、クロキゾンB(腸溶性糖衣錠)の製造承認(現行法一四条一項)

⑭ 同年一一月三〇日

山之内製薬に対し、プラキニール錠の製造承認(現行法一四条一項)

⑮ 同年一二月二〇日

伊藤由製薬に対し、硫酸ヒドロキシクロロキンの製造承認(現行法一四条一項)

⑯ 昭和四三年(一九六八年)二月五日

堀田薬品合成に対し、ロイマジヤストCQの製造承認(現行法一四条一項)

⑰ 同月八日

北陸製薬に対し、OH・クロロキン錠の製造承認(現行法一四条一項)

⑱ 同年一二月二五日

日本医薬品工業に対し、リウマピリンS・Q錠の製造承認(現行法一四条一項)

⑲ 昭和四五年(一九七〇年)一月三一日

岩城製薬に対し、トレモニール錠の製造承認(現行法一四条一項)

厚生大臣は、クロロキン製剤の連用による網膜症の発症を予見し得た昭和三五年(一九六〇年)一月以降も、何ら有効適切な措置をとらないで、右のとおり、同年一二月六日に効能を慢性腎炎としてキドラの品目製造許可をしたのを初めとして、繰り返し、クロロキン製剤の製造承認、輸入承認及び効能追加の承認をし、その医薬品としての適性を違法に容認し続けたものである。

したがって、本件クロロキン製剤に関し、厚生大臣の行った違法行為は、まず、第一に、製造承認等をすべきでないのに、前記の①昭和三五年(一九六〇年)一二月六日のキドラの品目製造許可(効能・慢性腎炎)、③昭和三六年(一九六一年)一一月六日のキドラについての効能追加承認(効能・慢性腎炎及びリウマチ性関節炎)、④昭和三七年(一九六二年)三月三一日のCQCの製造承認(効能・腎炎、ネフローゼ)、⑤同年九月一三日のCQCについての効能追加承認(効能・関節ロイマチス)、⑥昭和三八年(一九六三年)一二月一三日のキドラについての効能追加承認(効能・気管支喘息、エリテマトーデス等)、⑦昭和三九年(一九六四年)一一月一三日のキドラについての効能追加承認(効能・てんかん)を、それぞれ違法に行ったことである。

厚生大臣の行った違法行為の第二は、前記の②日本薬局方に収載すべきでないのに、昭和三六年(一九六一年)四月一日にリン酸クロロキン及びリン酸クロロキン錠を第七改正日本薬局方に収載した違法行為である。

厚生大臣の行った違法行為の第三は、輸入、製造の承認をすべきではないのに、前記の⑧昭和四〇年(一九六五年)一二月一四日にウィンスロップ・ラボラトリースに対し硫酸ヒドロキシクロロキンの輸入承認をして以降、前記の⑲昭和四五年(一九七〇年)一月三一日に岩城製薬に対しトレモニール錠の製造承認をするまで一二回にわたり、繰り返し、クロロキン製剤の輸入、製造の承認をし、クロロキン製剤の医薬品としての適性を再確認した違法行為である。

厚生大臣の行った違法行為の第四は、厚生大臣は、昭和三七年(一九六二年)又は昭和三八年(一九六三年)以降、第一審被告吉富、同住友、同小野及び同科研に対し、クロロキン製剤を製造(輸入)品目とする製造(輸入販売)業の許可の更新をすべきではないのに、二年ごとにクロロキン製剤を製造(輸入)品目に含めたまま製造(輸入販売)業の許可の更新を認めた行為である。

(イ) 厚生大臣の不作為による違法行為

① 昭和三五年以前の不作為による違法行為

厚生大臣が昭和三〇年(一九五五年)三月一五日公布の第二改正国民医薬品集に燐酸クロロキン及び燐酸クロロキン錠を収載した理由は、請求原因5において述べたとおりであるが、クロロキン製剤を抗マラリア剤として用いる用法、用量は、短期、少量、断続的な投与とされていたのであるから、当時においてはその限りでクロロキン製剤の安全性が認められていたにすぎない。したがって、クロロキンをエリテマトーデス、関節リウマチ、腎炎等の慢性疾患の治療薬に用いた場合に当然予測される長期大量の投与についての安全性は全く保証されていなかったのである。

第一審被告吉富が輸入し、第一審被告武田が販売したレゾヒンがエリテマトーデス、関節リウマチ、腎炎等の治療薬として販売されていた昭和三三年の時点になっても、クロロキン製剤が長期大量に使用された場合の安全性についての検討、すなわち、右疾患の治療期間に見合う長期慢性毒性試験は十分に尽くされていなかったし、その試験をすればクロロキン網膜症の知見は容易に得られたはずであった。

したがって、厚生大臣としては、右試験を経ていない以上、第一審被告吉富及び同武田に対し、右各疾患を適応症とするレゾヒンの能書上の記載を削除させ、これらの疾患を適応症としてはならない旨指導する法的義務があった。

しかるに、厚生大臣は、このような措置をとることなく、第一審被告吉富及び同武田が右各疾患を適応症としてレゾヒンを輸入、販売していることを漫然放置していたものであり、右は、厚生大臣の職務に違反する不作為による違法行為である。

② 昭和三六年以降の不作為による違法行為

厚生大臣は、前記のとおり、違法な(作為)行為をしたものである以上、次のとおり、これを是正し、クロロキン網膜症の発生を防止するためにあらゆる手段を講ずべき権限及び義務(作為義務)があったにもかかわらず、これを怠り、漫然放置したことは、不作為による違法行為である。

厚生大臣は、旧法、現行法、いずれの薬事法においても、(a)日本薬局方に収載したリン酸クロロキン及びリン酸クロロキン錠を日本薬局方から削除する権限を有し、義務を負っていた、(b)その余のクロロキン製剤の製造、輸入の承認、品目製造許可を取り消すべき権限を有し、義務を負っていた、(c)リン酸クロロキン及びリン酸クロロキン錠並びにその余のクロロキン製剤につき、劇薬指定その他各種公衆関係指定並びに対業者関係指定又はその他の各種安全確保手段の措置をとるべき権限を有し、義務を負っていた。しかるに、厚生大臣は、昭和三五年(一九六〇年)、昭和三六年(一九六一年)当時において、クロロキン網膜症の発症がNND、PDR、SED等の権威ある薬理書に記載されており、かつ、クロロキン製剤の腎炎に対する有効性は極めて疑わしく、リウマチ及びてんかんに対する有効性も疑わしく、したがって、クロロキン網膜症発症のおそれがあるにもかかわらずクロロキン製剤を使用するまでの必要性はないことが判明していたのに、右各義務に違反して、右各権限行使を怠った。右は厚生大臣の不作為による違法行為である。

(2) 豊田課長の違法行為(不作為)

昭和三九年八月から昭和四二年九月まで厚生省の製薬課長であった豊田勤治は、リウマチ治療のためにレゾヒンを薬局で買い求め、服用していたが、昭和四〇年(一九六五年)四月ころ、福地言一郎(当時、日薬連医薬品安全性委員会委員長)から、クロロキン網膜症についての情報を得、同年三月に開かれた第九回リウマチ学会の学会抄録を受け取り、右情報に基づき、直ちにレゾヒンの服用を中止した。

豊田課長は、製薬課長としての立場において、右のようなクロロキン網膜症についての医学的情報を入手した場合には、直ちに必要な情報収集を行うとともに、安全対策のために有効適切な措置をとるべき職務上の権限を有し、かつ、これを適切に行使する職務上の義務を負っていた(この職務義務は、憲法二五条、現行法一条、一四条、四一条、その他四四条、四九条、五〇条八号、六七条、二九条、三〇条、三五条の各指定に関する規定、六九条、七〇条、七一条、七五条の監督規定及び七九条等並びに厚生省設置法四条及び厚生省組織令に基づくものであり、厚生大臣の機関たる職員として負担する職務上の義務である。)。しかるに、豊田課長は、合理的な理由もなく、必要な情報収集のほとんどすべてを懈怠し、クロロキン製剤の副作用に対する有効適切な対策を何一つとして講じなかったのであり、右は重大な職務義務違反であり、不作為による違法行為である。

(3) 渡辺課長の違法行為(不作為)

豊田課長の後任として、昭和四二年九月から昭和四四年九月まで厚生省の製薬課長であった渡辺康は、右在任中、豊田課長の前項の不作為と同様の不作為を続けたのであり、豊田課長の右不作為よりも時期が後であるだけに、より重大な違法行為である。

(四)  本件クロロキン薬害における厚生大臣らの故意・過失

厚生大臣は、クロロキン製剤によりクロロキン網膜症が発生することを認識していながら、前記のとおり、①昭和三五年(一九六〇年)一二月以降、キドラ等の本件クロロキン製剤について製造承認等を行い、②昭和三六年(一九六一年)四月に日本薬局方にリン酸クロロキン及びリン酸クロロキン錠を収載し、③昭和四〇年(一九六五年)一二月以降もクロロキン製剤の輸入、製造の承認をし、④昭和三七年(一九六二年)又は昭和三八年(一九六三年)以降、二年ごとに第一審被告吉富等に対し、クロロキン製剤を製造(輸入)品目に含めたまま製造(輸入販売)業の許可更新を行い、クロロキン網膜症の発生を認容していたものであるから、厚生大臣には、右各行為につき、故意責任がある。

仮に、そうでないとしても、厚生大臣の前記各違法行為(作為及び不作為を含む。)には、少なくとも過失責任があることは明らかである。特に、豊田課長が、昭和四〇年(一九六五年)四月ころ、クロロキン網膜症についての重要な情報を得たにもかかわらず、何ら有効適切な措置をとらず、クロロキン製剤の輸入、製造の承認をしたことは、同人の重大な過失はもとより、右時点以降における厚生大臣の重大な過失をも推認させるものである。また、後任の渡辺課長が、在職中、クロロキン網膜症の存在を知りながら、何ら有効適切な措置をとらず、クロロキン製剤の輸入、製造の承認をし続けたことも、同人の重大な過失はもとより、厚生大臣の重大な過失をも推認させるものである。

(五)  結論

以上のとおり、厚生大臣並びに豊田課長及び渡辺課長は、前記のとおりの各違法行為を行い、その結果、控訴人ら患者をして、請求原因3のとおり、クロロキン網膜症に罹患させ、控訴人らに後記(請求原因14)各損害を被らせたものであるから、被控訴人は国家賠償法一条一項により、控訴人らに対し、右損害を賠償する義務がある。」

三  〈省略〉

四  同八八枚目表一〇行目から同八九枚目裏八行目までを次のとおり改める。

「9 請求原因10について

(一)  同10(一)について

同10(一)(1)ないし(3)の解釈は争う。同(4)は認める。

同(5)は、特定の医薬品を日本薬局方に収載するに当たり、申請者なる概念のないこと、燐酸クロロキン及び燐酸クロロキン錠が昭和三〇年(一九五五年)三月一五日第二改正国民医薬品集に収載され、以後、第七、第八改正日本薬局方にも収載され、第九改正日本薬局方から削除されていることは認め、その余は争う。

同(6)は、現行法一四条の製造承認につき、厚生大臣が、これを講学上の『確認』あるいは『公認行為』と解してきたことは認め、その余の解釈は争う。

(二)  同10(二)について

同10(二)(1)ないし(3)の解釈は争う、同(3)のうち、控訴人ら主張の内容の厚生大臣の国会答弁がされたこと及び薬務局長通知がされたことは認める。

(三)  同10(三)について

同10(三)(1)(ア)のうち、控訴人ら主張の昭和三五年以降のクロロキン製剤の製造承認等のうち①ないし⑧、⑩、⑭ないし⑲の製造承認等がされたことは認める。厚生大臣が控訴人ら主張の各違法行為を行ったとの主張は否認する。

同10(三)(1)(イ)の主張は、いずれも否認ないし争う。

同10(三)(2)は、豊田課長が、当時、レゾヒンを購入服用していたこと、昭和四〇年(一九六五年)四月ころ、福地言一郎からクロロキン製剤による眼障害の発生を聞いたこと、その後、自らその服用を止めたことは認め、豊田課長が違法行為を行ったとの主張は否認する。

同10(三)(3)は、後任の渡辺課長が違法行為を行ったとの主張は否認する。

(四)  同10(四)について

同10(四)は否認し、同(五)は争う。」

五  同一〇九枚目表四行目の次に、次のとおり加える。

「(4) 薬局方収載の性質

公定書は、薬事法制の取締法規性からみて、医薬品の有効性確保のためには、有害物質を排除して純良な品質を保有することが不可欠であることから、広く一般に用いられている医薬品について、疾病治療上必要な強度、純度及び品質の基準を定めたものであり、旧法及び現行法にあっては、その授権による法規命令として薬局法が定立されたものである。

その収載基準は、次のとおり定められた。

(ア)  公定書収載基準

① 繁用されている医薬品

② 繁用されていないが、薬効が明らかで治療上重要な医薬品、国産されていないが輸入されている重要医薬品(例・ジキタリス製剤等)

③ 治療上必要なもので、使用に当たって危険を伴うおそれがあるので規格を作成する必要のある医薬品(例・覚醒剤、麻薬、水銀剤等)

④ 医薬品の原料(製剤用)として使用されるもの(例・溶解補助剤、賦形剤等)

⑤ 以上四つの条件には、いずれも規格がほぼ確立されていることを附帯条件とする。

(イ)  日本薬局方収載基準

① 原薬(後記(ウ)の①を除く。)

② その倍散、顆粒剤、錠剤、カプセル剤及び注射剤等第一次製剤

③ 特に繁用されるエキス剤、チンキ剤、丸剤、軟膏剤及び二種以上の原薬を含む注射剤

④ 特に繁用される生物学的製剤、抗菌性物質製剤

(ウ)  国民医薬品収載基準

① 専ら家庭薬や混合製剤の原料として使用される原薬及びこれに準ずる原薬

(注) これに準ずる原薬とは、その重要性が薬局方に収載するほどのことではないが、公定書に残す必要があるものを意味する(例・塩化亜鉛、四塩化炭素等)

② 混合剤及び①の製剤(例・健胃散、ルゴール液、四塩化炭素カプセル等)

以上のとおりであり、旧法、現行法及び薬局方の各制定の趣旨、目的及び規定の内容並びに右収載基準からみれば、日本薬局方及び国民医薬品集は、収載医薬品の性状及び品質の基準を定めたものであり、したがって、その性状及び品質において、欠陥・不良医薬品でないこと及び常用量、すなわち基準に適合した服用量において普通成人が服用すれば治療上の薬効が得られることを、医療上の必要性、重要性、繁用度、使用経験などの見地から定めたにすぎないものであって、当該医薬品についての副作用の有無、有りとすればその種類、程度及び頻度などについては全く無関係なものである。したがって、旧法、現行法は、従前の薬事法制におけると同様、医薬品の公定書、日本薬局方収載につき、副作用面での安全性と有効性とを比較較量した有用性については、これをその収載要件とはしていないものといわざるを得ない。

したがって、厚生大臣が、当該医薬品を公定書、日本薬局方に収載したことは、当該医薬品の副作用面での安全性を保障したものではない。

燐酸クロロキン(錠)は、昭和三〇年三月一五日に国民医薬品集に収載されて以降、昭和三六年四月一日の第七改正日本薬局方に収載され、その後、第八改正日本薬局方にも収載されたが、右は、厚生大臣が中央薬事審議会に諮問し、合目的的な裁量によって、収載基準に照らし、医学薬学上の見地から収載されたものであって、そこに権限の踰越濫用はない。

なお、旧法は、薬局方・国民医薬品集又はこれらの追補についての発行、公布を定め(二条八項、三〇条一項)、厚生大臣は、少なくとも一〇年ごとに日本薬局方の改訂について、少なくとも二年半ごとにその追補について、薬事審議会の意見を聞かなければならないと定めている(三〇条二項)ので、薬局方の追加削除は、右規定を根拠にして行われた。現行法には、追補に関する規定はないが、これは、追補を否定する趣旨ではなく、旧法上の、二年半ごとにその追補につき薬事審議会の意見を聞かなければならないという期間の拘束を避ける趣旨と解されるのであり、追補は、四一条一項を根拠として行われる。

(5) 製造の許可(旧法二六条三項)及び承認(現行法一四条一項)等の性質

旧法二六条三項の製造許可及び現行法一四条一項の製造承認については、法律上、その審査の方法や基準を定めた規定は全く存しない。これは、複雑微妙な人体の各種疾病に対する有機的な薬理作用を有する医薬品の広汎性、多様性、また、右薬理作用については、高度な医学薬学上の専門技術的知見によらなければならず、しかもその専門技術的知見は広汎な医学薬学上の専門分野にまたがるものであって、それらの専門技術的知見の上に立った総合的判断が必要とされるものであることから、このように複雑多岐にわたり、かつ、不可避的に副作用を内包する医薬品について、あらゆる医薬品に共通する統一的な判断基準を、法律によって、審査基準、審査手続として明定することは極めて困難であり、また、妥当性を欠くことによるものである。

旧法の製造許可を受けようとする者は、次に掲げる事項を記載した申請書を厚生大臣に提出(知事経由)しなければならないとされていた(規則二二条)。

『一、二、略。三、製造の品目。四、製造品目の成分及び分量並びに製造法、成分不明のときは、その本質及び製造法。五、用法、用量及び効能。六、生物学的製剤及び抗菌性物質製剤にあっては第五号に掲げる事項の外、その貯蔵法、有効期間及び検査の方法。七、略』

昭和二四年八月には、右許可に当たって、薬事審議会で審査する場合、その品目につき調査研究するため、『製品の見本、製品に関する文献写、製品に関する実験例(少なくとも二ケ所以上の実験報告)』の資料を提出すべきものとされた。

現行法においても基本的には同様であったが、昭和三七年医薬品製造指針により、申請時の添付資料として『効力及び毒性に関する基礎実験資料』という独立の項目を設けてこれを要求し、医薬品の安全性についても相当の配慮をすることになり、また、昭和四二年九月医薬品の製造承認等に関する基本方針により、医薬品の承認審査に必要な資料の範囲と承認審査の方針を明確にしたことの外に、新開発医薬品について副作用報告を義務づけるなどの行政措置がとられた。

しかしながら、これらの行政措置による承認審査の審査項目の拡大は、行政裁量による調査事項の拡張であり、旧法、現行法上の法的義務としてなされたものではない。すなわち、従前の薬事法においてはもとより、旧法及び現行法においても、我が国の薬事立法は、一貫して、医薬品の性状、品質の適正確保と不良医薬品の規制を主たる目的としており、したがって、厚生大臣の権限も医薬品の性状品質の適正を図るためのものが主となっており、医薬品の副作用面の安全性につき権限を与え又は義務、責任を課したりする明文の規定は全く存しなかったのである。このことは、昭和五四年改正法が、医薬品の製造承認について、その副作用をも審査して行うことを明文をもって規定していること(一四条二項)、その後における製造承認の取消しの規定を設けていること(七四条の二)と対比すれば、明らかである。したがって、旧法、現行法上、製造の許可、承認については、医薬品の有用性は、その要件とはなっていなかったものと解すべきである。

旧法、現行法上の製造の許可、承認申請の審査においては、申請者がその責任において自主的に提出した申請目的と基礎実験・臨床実験などの添付書類(旧施行規則二三条、現行施行規則二〇条)とを、医学薬学上の高度の知見(中央薬事審議会での審議)に基づいて、品質、性状と効能効果の証跡及び因果関係をトレースして合理的疑いが存在するか否かを検討するものである。そして、その疑いがある場合には、承認申請に必要な限度で、申請者に釈明や追加資料の提出を求め得るが、法の趣旨からみて、厚生大臣ないし中央薬事審議会が自ら資料を収集するなどの、いわば職権探知的な権限と義務を定めた規定もなく、そのように解すべき理由もない。

したがって、厚生大臣には独自の安全性確保義務があることを前提とし、製造許可承認時の安全性確保につき無限定な実質的審査義務を負うとの見解、また、旧法及び現行法が医薬品国定主義を採っているとして、医薬品の薬局方収載、製造許可承認及び劇薬・要指示薬の指定は、製薬会社とかかわりなく、国の独自の第一次的責任により行われるべきものであるとの見解は、誤りである。

また、医薬品の製造承認及び承認事項の一部変更承認は、現行法一四条により、具体的申請に対し、品目ごとに個別に行われるものである。右規定による後に受けた品目の承認という行為が、既に承認を受けている者の別の品目の適正を再確認する趣旨を含むものではなく、同法において、そのような趣旨、効果を規定する条項もない。したがって、内容の相違する個々の品目の承認について、後に承認された品目の方が適正であるということもないし、そのような基準もない。」

六  同一一一枚目裏五行目の「製造承認」の前に「日本薬局方収載に当たっての審査基準、」を、同九行目の「承認」の前に「日本薬局方への収載及び製造の」を、それぞれ加え、同一一七枚目表一〇行目から同一一七枚目裏末行までを次のとおり改める。

「(五) 医薬品の特質並びに公定書・日本薬局方収載及び製造の許可・承認の自由裁量性について

純良医薬品といえども有効性を有する反面副作用を伴うものであるが、その比較較量の上での評価である医薬品の有用性は、前記のとおり、公定書・日本薬局方収載の要件ではなく、また、製造の許可、承認においても、法的にその審査を予定していないのであるから、右公定書・日本薬局方収載及び右製造の許可、承認(裁量処分)の司法審査においては、右有用性の観点からの司法統制は及ばないと解すべきである。

仮に、公定書・日本薬局方収載、製造の許可、承認における審査において、当時、有用性への配慮が要請されていたと仮定しても、それは法の予定するところではなく、あくまでも付随的配慮にすぎないものである。また、医薬品の有用性は、有効性と安全性の比較較量のうえで評価されるべきものであるとともに、その時々の社会における当該疾病に対する治療上の必要性という社会的需要をも斟酌して判断されるべきものである。すなわち、医薬品の有用性の判断は、当時の医学、薬学等の科学水準の下における専門的、技術的、合目的的な判断であるから、当該医薬品について、公定書・日本薬局方に収載するか否か、製造の許可、承認を与えるか否かは、右の見地に立った厚生大臣の自由な裁量に任されているものである。この厚生大臣の裁量が、医薬品の公定書・日本薬局方収載の基準及び製造の許可、承認の審査基準の設定のような実体面のみならず、審査方法の選択のような審査の手続面にも及ぶことは事柄の性質上当然であるし、また、このことは、旧法及び現行法のいずれにも、審査の方法あるいはその準則を定めた規定が何ら設けられていないことからも明らかである。」

七  同一一八枚目表六行目の「医薬品の許可・承認」を「医薬品の公定書・日本薬局方への収載及び製造の許可・承認(以下、右収載を含め、単に、『許可・承認』ともいう。)」に改め、同一一九枚目表四行目の次に、改行して次のとおり加える。

「収載・許可・承認当時(昭和三五年一二月から昭和三九年一一月まで)における学説等の状況、クロロキン網膜症の発症状況(昭和三九年末までの我が国におけるクロロキン網膜症の症例報告は七例にすぎず、しかも発症原因、経過についての調査究明も十分ではなかった。)等に照らすと、厚生大臣がした右収載・許可・承認は、いずれも合理性がなかったとはいえず、裁量権限の逸脱・濫用はなかったものというべきである。」

八  同一一九枚目表七行目から八行目にかけての「反射的利益論と許可、承認後における厚生大臣の規制権限行使の自由裁量性について」を「許可、承認後における厚生大臣の規制権限の不行使について」に改め、同一〇行目の「問うているが、」の次に「そもそも、旧法及び現行法上、厚生大臣に、既に製造許可、承認がされた医薬品の有用性の見直しによる許可、承認の取消し、撤回の権限を認めるべき法的根拠に乏しいのであり、」を加え、同一三行目の「法的義務を負わないし」を「法的義務はなく」に改める。

九  同一二〇枚目裏二行目から一二一枚目表九行目までを次のとおり改める。

「旧法及び現行法上、厚生大臣に、製造許可、承認がされた医薬品の有用性の見直しによる許可、承認の取消し、撤回の権限を認めるべき法的根拠は乏しいのであるが、仮に、一定の場合には、厚生大臣に有用性の見直しによる許可、承認の取消し、撤回の権限が認められるとしても、右権限につき何ら明文の規定がなく、その法的根拠には問題がある以上、厚生大臣が右権限を行使し得るのは、右権限の濫用、逸脱のおそれがなく、受益的行政処分である右各処分の職権取消し(撤回)により相手方の信頼や法的安定性が不当に害されないだけの客観的妥当性があり、専門技術的裁量を容れる余地がないまでに一義的明白に当該医薬品の有用性が否定される場合に限られるものというべきである。しかも、右の『専門技術的裁量を容れる余地がないまでに一義的明白に当該医薬品の有用性が否定される場合』という、右取消し、撤回権限行使のための要件を充足するとの判断は、中央薬事審議会に対する諮問手続を経たとしても何ら消長をきたさないだけの確実性のあるものでなければならない。

しかるに、クロロキン製剤の腎炎に対する有用性は、昭和四〇年当時はもとより、昭和四五、四六年当時においても、中央薬事審議会医薬品安全対策特別部会副作用調査会(以下『副作用調査会』という。)内部にとどまらず、医学会内科領域においても肯定され、これを眼科領域も尊重するという状況にあり、また、当時の国内におけるクロロキン製剤の年間販売量は推定一万キログラムを下らない状況であり、いかに控え目にみても、専門技術的裁量を容れる余地がないまでに一義的明白にクロロキン製剤の有用性が否定されるという状況にはなかったことが明らかであるから、右の時点において、厚生大臣が、クロロキン製剤につき有用性見直しによる許可、承認の取消し、撤回の権限を行使し得る状況にはなかったものというべきである。

なお、アンプル入り風邪薬についてとられた措置は、これに容易に代替し得る大衆感冒内服薬が多種多量に存在することに比して、死亡という重大事故が短期間に相次いで発生したことから、有用性の判断というよりも、専ら有害性の検討のみで、製造販売禁止の結論が出され(中央薬事審議会の答申)、これによって厚生大臣が、その政治的行政的責務として、薬務局長名をもって、各知事、関係団体に対し、販売の自粛と回収、返品とを要望したものである。」

一〇  同一二五枚目裏三行目から七行目までを次のとおり改める。

「右の理は、本件における厚生大臣の行政権限についてもそのまま妥当するものである。前述のとおり、旧法及び現行法上、厚生大臣に、製造許可、承認された医薬品の有用性の見直しによる許可、承認の取消し、撤回の権限を認めるべき法的根拠は乏しいのであるが、仮に、一定の場合には、厚生大臣に有用性の見直しによる許可、承認の取消し、撤回の権限が認められるとしても、厚生大臣が右権限を含む行政権限を行使し得るためには、右にいう一義的明白性の要件、救済の緊急の必要性の要件を充足しなければならない。すなわち、厚生大臣の専門技術的裁量を容れる余地がないまでに一義的明白に当該医薬品の有用性が否定される状況及び当該医薬品の重篤で無視し得ない副作用により国民の生命、身体、健康に対する危険が切迫している状況にあり、しかも、そのことを、厚生大臣又はその補助機関が認識した場合に限り、右行政権限を行使し得るものというべきである。

しかるに、本件においては、前記のとおり、当時、専門技術的裁量を容れる余地がないまでに一義的明白にクロロキン製剤の有用性が否定されるという状況にはなかったことが明らかであるから、右の時点において、厚生大臣が、クロロキン製剤につき有用性見直しによる右行政権限を行使し得る場合ではなかったものといわざるを得ない。

また、豊田課長が昭和四〇年四月にクロロキン製剤の副作用を認識したことをもって、その時点で、同課長ないし厚生大臣が、専門技術的裁量を容れる余地がないほど一義的明白に、クロロキン製剤の有用性のないことを認識したと認めることはできない。すなわち、前記のとおり、クロロキン製剤の腎炎に対する有用性は、昭和四〇年当時はもとより、昭和四五、四六年当時においても、副作用調査会内部にとどまらず、医学会内科領域においても肯定され、これを眼科領域も尊重するという状況にあったのであり、豊田課長が、昭和四〇年四月にクロロキン製剤の副作用を知った後直ちに独自に内外の文献を調査したとしても、そこで知り得るのは、あくまでも副作用面のみであって、有効性との比較較量という、高度に専門技術的裁量を必要とする有用性判断を、厚生大臣の一補助機関にすぎない同課長において独自に行えるはずがなく、また、たとえ一補助機関である同課長が、そのような独自の判断による評価に基づき厚生大臣の有用性見直しによる取消権限の行使に向けて積極的な行動に出たとしても、当時の中央薬事審議会内部のみならず、医学界におけるクロロキン製剤の有用性についての前記のような評価の前には、その行動は到底結実する可能性がなかったものといわなければならない。

もっとも、豊田課長は、昭和四〇年四月にクロロキン製剤の副作用を知り、かねてよりリウマチ治療のために服用していたレゾヒンの服用を中止しているが、これは、次のとおり、自己のリウマチ治療との関係において全く私的立場でレゾヒンの有用性を否定したものであり、このことと製薬課長としての公的立場におけるクロロキン製剤の有用性判断とを混同してはならない。すなわち、豊田課長がレゾヒンを服用していた原疾患はリウマチであり、昭和四〇年当時、同人が日常勤務に就いていたことからみても、その症状は軽快していたものと考えられる。同課長は、リウマチ治療のために使用していたプレドニゾロン剤の副作用症状(ムーンフェイス症状)が現れたため、右副作用症状の治療にはレゾヒンが脱プレドニゾロン剤として有効であると人伝に聞いてレゾヒンを薬局で買い服用していたものである。右のとおり、同課長のレゾヒン服用は、治療を受けていた医師の処方によるものではなく、買薬による服用という個人的判断に基づく使用態様であったうえ、当時、腎炎については代替薬は存しなかったが、リウマチについてはプレドニゾロン剤等の代替薬が存したものであること等の事情から、自己のリウマチ治療との関係においてレゾヒンの使用を中止したにすぎないものである。

同課長が、腎炎との関係でクロロキン製剤の有用性を消極的に評価して厚生大臣の有用性見直し等の権限行使に向けて積極的な行動に出なかった背景には、腎炎はリウマチと比べて一段と重篤な疾患であること、当時、腎炎についてはクロロキン製剤が唯一の治療薬と考えられており、同剤に対する臨床医学上の期待が高かったこと、当時はもとより、昭和四五年、四六年当時においても、中央薬事審議会内部のみならず、医学界において、その副作用にもかかわらず、クロロキン製剤の有用性が肯定されていたことなどの事情がある。右の事情を勘案すると、豊田課長が昭和四〇年四月にクロロキン製剤の副作用を知って、自分自身は服用を中止しながら、製薬課長の立場においては腎炎に対する有用性を否定することなく厚生大臣の有用性見直し等の権限行使に向けて積極的な行動に出なかったという対応には、相応の理由があり、決して非難されるべきものではない。そして、同課長は、クロロキン製剤の副作用につき、拱手傍観していたわけではなく、昭和五〇年五月一八日に開かれた第一二回医薬品安全性委員会の懇談会に出席して、製薬会社側に対し、クロロキン網膜症の症例報告があったことと自己の体験を述べ、このような医薬品を一般薬局で自由に手に入れることができてよいものか等の発言をして、注意を喚起するとともに、製薬課長在任中の昭和四二年三月一七日には、クロロキン製剤について劇薬、要指示薬指定の措置をとるなどしている。」

第三  証拠関係〈省略〉

理由

第一  当裁判所も、控訴人らの本訴請求は理由がなく、棄却すべきものと判断する。その理由は、次のとおり付加、訂正、削除するほかは原判決の理由説示中の控訴人らと被控訴人に関する部分のとおりであるから、これを引用する。

一  原判決二二五枚目裏一〇行目から一三行目の「明らかである」までを「乙A第一〇〇号証及び弁論の全趣旨によれば、外国においては、腎炎をクロロキンの適応症として承認している例はなく、クロロキン製剤を腎炎に有効なものとして販売し、臨床上腎炎の治療薬として広く用いたのは、我が国以外にはほとんどないことが認められる」に、同二二六枚目裏四行目の「藤井」を「藤田」に、同六行目の「一名」を「一例」に、同二二九枚目表三行目から四行目にかけての「藤井」を「藤田」に、同裏六行目の「見解を述べたこと」を「見解を述べたが、右見解に対しては、無効ではないとの反論もあったこと」に、それぞれ改める。

二  同二三一枚目表四行目から五行目にかけての「甲こ第九号証の一」の次に「、甲す第一〇五号証の一、二」を、同五行目から六行目にかけての「乙E第六四号証」の次に「及び当審証人丸茂文昭の証言」を、それぞれ加え、同二三二枚目表一一行目から同二三四枚目表二行目までを次のとおり改める。

「 慢性腎炎における蛋白尿の出現の機序は、一般に、糸球体性蛋白尿、すなわち、糸球体基底膜障害により蛋白に対する透過性が変わり、血中の蛋白の一部が尿に出るものである。糸球体基底膜の透過性亢進には、基底膜の孔の拡大、陰荷電の減少が関与すると考えられている。したがって、慢性腎炎において蛋白尿が軽減したことは、これらのいずれかの機序が一時的又は本質的に改善した可能性を示唆する。糸球体硬化が高度に進行した場合には、糸球体が目詰まりを起こし血中蛋白の排泄が減少し、蛋白尿が減少することがあり、また、腎血流量ないし糸球体濾過量が何らかの原因で低下した場合にも蛋白尿は減少する。慢性腎炎において蛋白尿の改善は、このいずれの場合であっても起こり得るのであり、蛋白尿の改善をもって腎機能の改善と直ちに判断し得るだけの明確な根拠はない。

慢性腎炎において、蛋白尿の存在とその程度を検査することは、慢性腎炎の症状の程度、予後を推測する上で極めて重要な臨床的指標であり、蛋白尿の程度と糸球体病変の出現率ないし糸球体障害の程度は相関し、一般に糸球体病変の進行に伴い蛋白尿が増加することが認められている。蛋白尿が多い腎炎は、元来進行性の予後の悪い腎炎である可能性が高いものと考えられている。

ネフローゼ症候群(高度の持続性蛋白尿・低蛋白血症を呈する。)の治療においては、腎臓からの蛋白の喪失を抑えることが主眼となり、蛋白尿の改善が重要であるが、それ以外の慢性腎炎の治療においては、蛋白尿の改善をもって腎機能の改善と直ちに判断し得るだけの明確な根拠はないことから、蛋白尿の改善それ自体は治療の対象ではないとする見解が有力である。もっとも、他に根本的な治療方法がない状況においては、蛋白尿の改善を一つの臨床的指標として治療を試みることにも、意義がないわけではない。

三  腎炎に対する有用性

医薬品の有用性の判断は、当該医薬品の有効性の程度、これによりもたらされる副作用の内容・程度、代替医薬品の有無、当該疾病の内容等を総合的に考慮して、その時点における高度な医学的、薬学的知見に基づき、有効性と副作用との比較較量により判断されるべきものである。医薬品、医学、薬学の進歩は、日進月歩であることから、従来、他に代わり得る医薬品又は適切な治療方法がないため、相当な副作用があってもこれを承知のうえで使用せざるを得なかった医薬品の有用性が、副作用の少ない新たな医薬品(代用薬)の研究、開発や画期的な治療方法の発見により、それ以降は否定されることもあり得るし、また、当該医薬品について、販売当初は、臨床に用いられた症例が少なくその重大な副作用が知られていなかったが、その後、右副作用の存在、内容が次第に明らかになり、当該医薬品とその副作用との関係についての医学的研究発表が相次ぐなどした結果、新たな医学的、薬学的知見に基づき、判明した右副作用と有効性との比較較量のうえ、有用性が否定されることもあり得る。このように、医薬品の有用性の有無についての判断は、固定的、絶対的なものではなく、医薬品、医学的、薬学的知見の進歩に伴い変わり得るものであり、当該時点における高度の医学的、薬学的知見に基づきなされる、一定の時代的制約を伴った相対的な判断とみるべきである。前記の薬効問題懇談会の昭和四六年七月七日付け答申(甲さ第一号証の一)が、医薬品の再評価(再検討)の必要性につき、『近来、医学薬学の進歩には注目すべきものがある。特に毒性試験、代謝に関連する試験法および診断治療技術などの発達、あるいは統計学利用による臨床試験法の改善など、医薬品の評価に寄与する知見の増加が著しい。この結果、かつては未知であった事項がつぎつぎと解明され、あるいは今まで確認されていた事項でも否定される場合が生じてきた。このように医学薬学の進歩に伴い、医薬品の有効性および安全性の評価に変更が生ずることは当然であり、これが医薬品再検討の必要性が強調される最大の理由である。』と述べているのも、右と同様の見地に立つものとみるべきである。

そこで、右のような見地から、クロロキン製剤の腎炎に対する有用性について、以下検討する。

前記のとおり、腎炎(ここでは、ネフローゼ症候群を含めた意味でいう。)に対してクロロキン製剤を投与することは、腎炎の特徴的症状(適応)の一つである蛋白尿の改善を、常にではないが、しばしばもたらすものであり、その限度での効果(有効性)は、前記再評価結果においても、認められているところである。そして、蛋白尿の減少は、蛋白尿の発生要因のうちの最も大きいものと考えられる糸球体の蛋白透過性が改善されたためであり、その改善はとりもなおさず糸球体の病変の軽快(クロロキンの作用により糸球体毛細血管構造に結合してそこに起こっている治り難い炎症性反応を直接に安定(鎮静)させること)を意味するとの前記辻昇三らの推論は、当時の医学的知見(昭和三〇年代当時においては、現在のように糸球体障害の原因も明らかとなってはいなかった。甲す第一〇五号証の二)からすれば、不合理なものとはいい難いものであり、右推論を支持するような論文も、前記のとおり、昭和四〇年ころまでに、多数公表されたのである。そして、右推論の正しさが更に裏付けられれば、悪化すれば腎不全、尿毒症に移行し、死に至る可能性のある疾病である腎炎について、他に有効な医薬品がなく、また、人工透析療法も腎移植も未だ一般的に行われていなかった当時(昭和三〇年代においては、人工透析療法も腎移植も未だ一般的に行われていなかった。乙A第七四号証、同第八四号証及び弁論の全趣旨)においては、クロロキン製剤の有用性は、ある程度の副作用が存したとしても、肯定せざるを得ない状況にあったものとみるべきである。もっとも、右推論を、その後の実験や研究によって、疑いを容れる余地のない程度に明確に裏付けたものはなく、当時においても、学会等において、クロロキン製剤の効果を疑問視する考え方も強かったが、反面、クロロキン製剤による蛋白尿の改善が、腎の病変と全く無関係に生じていることが裏付けられたこともない。

したがって、クロロキン製剤の使用により、少なくとも腎炎の極めて重要な臨床的指標である蛋白尿の改善の効果があることが認められ、しかも、腎機能の改善(糸球体毛細血管構造における炎症性反応の鎮静化)の効果もあるとの医学的研究発表もなされ、これを支持する見解も存し、他方、その副作用としてのクロロキン網膜症の存在が我が国の医学界において未だ広く知られるに至っていない時点における医学的、薬学的知見の下では、クロロキン製剤の腎炎に対する有効性は肯認し得るものであったとみるべきである(当時、薬効の判定においては、現在用いられている二重盲検法等の比較試験法のような精密かつ客観的な方法は、一般に行われていなかった。甲さ第一号証の一及び弁論の全趣旨)。

しかるに、我が国においても、昭和三七年九月の東京眼科集談会における前記の中野彊らの症例報告を最初として、クロロキン網膜症に関する症例報告、論文の発表が相次ぎ、我が国の医学会においても、クロロキン製剤の副作用として発症するクロロキン網膜症の存在が次第に広く知られるようになったが、当時の有力な内科書(冲中重雄・内科書下巻・乙A第六五号証、第八四号証、第一三七号証)によれば、昭和四一年一月発行の改訂第三六版において、『腎病変それ自体に対する治療』として、『最近、抗マラリア剤として知られていた燐酸クロロキンおよびその誘導体がネフローゼ症候群に対しても有効であると報告され、ことに副腎皮質ホルモン無効例について有効な場合があるといわれて注目を惹いたのであるが、実際問題としては副腎皮質ホルモンに代わり得る程の有効性を認めることは困難であって、その補助剤として、あるいは副腎皮質ホルモンの投与を中止する場合の脱却剤としてもちいられることが多いようである。一日量二〇〇〜三〇〇mgを長期にわたって連用することが出来る。』とされ、その副作用としてのクロロキン網膜症の存在には触れないで、ネフローゼ症候群に対するクロロキン製剤のある程度の有効性を認める記述をしており、また、その昭和四六年一月発行の改訂第四一版及び昭和四七年九月発行の改訂第四三版において、『ネフローゼ症候群の病態生理の中でもっとも基本的なものは、糸球体毛細血管基底膜の透過性の亢進であって、その原因はおそらくは抗原抗体反応による基底膜の構造の変化にあると考えられる。従って、この基底膜の病変に対する治療がもし可能であれば、本症候群の治療の中ではもっとも特殊的なものとなる訳である。現在その方法としてもっとも大きな関心を持たれているのは副腎皮質ホルモン、ACTH、であり、これらについでは燐酸クロロキンなどの合成剤および網内系機能抑制剤である。』とし、更に、前記の昭和四一年一月発行の改訂第三六版と同じ記述をしたうえで、『本剤を使用する場合には、眼の網膜に特殊の極めて難治の合併症がおこり得ることを念頭に置く必要がある。』とし、その副作用としてのクロロキン網膜症の存在を指摘しつつも、ネフローゼ症候群に対するクロロキン製剤の有用性を一概に否定しない趣旨の記述をしているのであり、また、各科の疾患に対する治療法を集録した『今日の治療指針』(昭和四六年版・同年五月一五日発行、乙A第一三六号証)には、難治性のネフローゼ症候群に対し、クロロキン製剤などは若干の効果は期待されるので、他剤との併用やステロイドの離脱期に併用している旨の記載がある。これらの記述からすれば、クロロキン製剤は、その副作用としてのクロロキン網膜症の存在が医学、薬学界に広く知られていた昭和四五、六年当時においてさえも、当時の医学的、薬学的知見としては、腎炎、特に、ネフローゼ症候群の治療に関し、その有用性が、異論の余地なく直ちに否定されるという状況にはなく、腎炎の治療に当たる医師が、クロロキン製剤の副作用に十分注意を払いながら、その専門的判断からこれを患者に投与することも許容され得るとの見解が有力であったことが窺えるのである。このことは、昭和四五年一月に後記の副作用調査会の委員に任命された順天堂大学医学部眼科教授中島章が、昭和四五、六年当時においても、副作用調査会では、慢性腎炎治療との関係で、クロロキン製剤の服用による副作用としてクロロキン網膜症が発生するとしても、そのことからクロロキン製剤の有用性を否定し、その販売を直ちに中止させなければならないとの意見は有力ではなく、内科の委員の反対からそのような意見は通らなかったであろうと供述している(甲や第二号証の一、二)ことからも、裏付けられるものというべきである。

その後、前記の薬効問題懇談会の昭和四六年七月七日付け答申を受けて行われた医薬品の再評価(昭和五一年七月二三日付け中央薬事審議会答申『医薬品再評価における評価判定について―その9』、甲さ第二号証、乙A第四〇号証)において、いかなるクロロキン製剤も、腎炎に対して有効であることが実証されているもの又は有効であることが推定できるものとはされず、ただ、急性、慢性腎炎(あるいは腎炎及び妊娠腎)による尿蛋白の改善につき有効性は認められるが、有効性と副作用とを対比したとき、副作用が上回る場合があるので、有用性は認められないとされたことは、前記のとおりである。当時、中央薬事審議会の医薬品安全対策特別部会の委員であり、右再評価において重要な役割を果たした吉利和(当時、東京大学医学部内科教授)は、右再評価の結果について、クロロキン製剤の有効性がないと認められたというのではなく、データから見ると有効性があるというだけの証拠がないと判断したもの、すなわち、蛋白尿に関しては、有効であると判定してもいいデータだと判断したが、腎炎の経過に関して有効であるということを証明するデータとしては十分ではないと判断したものであると供述している(乙A第九六号証、第一〇〇号証)。

以上の事実によれば、右医薬品の再評価以前における医学的、薬学的知見の下では、クロロキン製剤の有用性については、クロロキン網膜症の存在を考慮に入れても、肯定する余地がないわけではないとの見解が有力であったが、右医薬品の再評価の段階において、新たな医学的、薬学的知見の下に、従来のデータ等を厳密に再検討した結果、クロロキン製剤の腎炎に対する有用性が否定されるに至ったものと認めるのが相当である(右認定を覆すに足りる証拠はない。)。」

三  同二三四枚目表三行目の「エリテマトーデス」を「エリテマトーデス等」に改め、同裏末行の次に改行して、次のとおり加える。

「乙B第六四号証、同第七九ないし第八二号証、同第一九四ないし第二〇四号証、乙D第三三、第三四号証によれば、昭和三六年四月一日発行の『脳と神経』に弘前大学医学部神経精神科教室の和田豊治らが、『難治てんかんのレゾヒン治療』と題する症例報告(難治の側頭葉てんかんで、けいれん、精神運動、ドロップ発作を示した二例にレゾヒンを付加投与したところ、劇的効果(両例とも発作の完全消失と同時に脳波の正常化)をもたらした旨の症例を報告するとともに、イタリアのバスケスの症例報告をも引用している。)を発表したのを初めとして、それ以降、同様の症例報告が相次いでいたこと、てんかん治療の主流は薬剤療法であり、多くの抗てんかん剤があるが、その根治薬は発見されていない状況の下で、昭和三九年当時、てんかん治療においてクロロキン製剤を補助剤として使用したときには有効な場合があるとの見解が有力であったことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。」

四  同二四一枚目表六行目から同裏一〇行目までを次のとおり改める。

「以上の事実から明らかなように、旧法の公定書及び現行法の日本薬局方は、その収載医薬品の性状、品質の基準のみを定めたものにすぎない。したがって、公定書及び日本薬局方は、右基準に適合した医薬品は、通常、その常用量を用いれば治療に効果があることを前提として、性状、品質の面では安全であり、欠陥がないということ、すなわち、性状、品質の面では不良品ではないということを保証するものとはいえるけれども(また、一般に、長期間繁用されている医薬品には、その安全性に比較的問題が少ないと考えられるが)、当該医薬品に治療上目的とした効果以外の好ましくない結果、つまり副作用があるか否か及びその内容等については、これを定めることを目的とするものではなく、副作用の面での安全性を公的に保証するものでないことは明らかである(後述のとおり、厚生大臣は、日本薬局方に医薬品を収載するに当たって、当該医薬品の性状、品質はもとより、その副作用の有無をも審査する権限を有すると解されるが、そのことから、厚生大臣が日本薬局方に収載された医薬品のすべてについて、その副作用を含めた安全性を公的に保証しているものと解することはできない。)。」

五  同二五六枚目表三行目の「それら塩類」を「それらの塩類」に、同五行目から六行目にかけての「、その誘導体、それら塩類及びそれらを含有する製剤」を削り、同七行目の「適用した」の次に「(ただし、同年九月一七日までは、現行法五〇条九号の規定は適用しないこととした。乙A第二九号証の一、第三〇号証)」を加える。

六  同二七六枚目表一行目から同二九五枚目表末行まで(被控訴人の責任についての判断部分の全部)を次のとおり改める。

「第六 被控訴人の責任

一  薬事法の目的及び性格並びに反射的利益論の当否

1  薬事法(前記のとおり、昭和三五年法律第一四五号附則二条により廃止される前の薬事法(昭和二三年法律第一九七号)を『旧法』といい、昭和五四年法律第五六号により改正される前の薬事法(昭和三五年法律第一四五号)を『現行法』といい、昭和五四年法律第五六号による改正後のものを『昭和五四年改正法』という。旧法と現行法とでは、その目的、性格において大差はないと考えられるので、以下、現行法を中心に述べる。)は、憲法二五条に基づき公衆衛生の向上及び増進に努めるべき国の政治的責務の実現のために制定された法律の一つである。

薬事法は、右の『公衆衛生の向上及び増進』を達成するため、医薬品に関する事項を規制し、その適正をはかることを目的として制定された法律である(現行法一条)。医薬品は、国民の生命及び健康を保持するうえでの必需品であるとともに、これと至大の関係を有するものであることからすれば、同法の目的が、不良医薬品の供給(不良調剤を含む。以下同じ。)から国民の健康と安全を守るという点にあることは明らかである(最高裁昭和五〇年四月三〇日大法廷判決・民集二九巻四号五七二頁参照)。同法は、右目的を達成するため、医薬品という物質を中心として、医薬品それ自体及びこれを取り扱う関係業者等に対する各種規制を設けている。その主要な規制の内容は、薬局方収載外医薬品の製造承認(現行法一四条。旧法二六条三項の製造許可)、医薬品製造業、輸入販売業の許可(現行法一二条、二二条。旧法二六条一項、二八条の薬局方収載医薬品の製造業、輸入販売業の登録)、薬局開設の許可(現行法五条)及び販売業の許可(現行法二六条、二八条、三〇条、三五条)等である。これらの規制は、医薬品の製造、貯蔵、販売の全過程を通じてその品質の保障及び保全上の種々の厳重な規制を設け、不良医薬品の供給の危険防止という警察上の目的を達成するために設けられたものであって(前掲大法廷判決参照)、憲法二二条一項の定める職業選択、職業活動の自由保障の要請との兼ね合いから、現行法七九条二項の規定からも窺われるように、基本的には、消極的な取締り規制を念頭に置いているものとみるべきである。もっとも、薬局方収載外医薬品の製造承認は、当該申請に係る医薬品それ自体について、その名称、成分、分量、用法、用量、効能、効果等を審査して、品目ごとに判断されるものであって、一種の公認行為とみる余地があり、単なる消極的な取締り規制にとどまらない面があることに留意しなければならない。

2  薬事法の性格が右のようなものであるとすれば、同法の定めるところにより厚生大臣が行う薬事行政も、基本的には消極的な警察取締り作用と位置づけざるを得ない。しかし、同法の目的は、右にみたとおり、不良医薬品の供給から国民の健康と安全を守るというものであり、右目的の達成は、医薬品を使用する個々の国民の健康と安全を抜きにしてはあり得ないから、同法に基づく医薬品の適法な規制によって個々の国民の受ける利益は、単なる反射的な利益にとどまるものではなく、国家賠償法上保護された法的利益に該当するものと解するのが相当である。

したがって、誤った規制の下に流通に置かれた不良医薬品を個々の国民が使用することにより生命、健康が害された場合において、その規制の誤りが厚生大臣等の故意又は過失に基づく薬事法上の義務違反行為であり、国家賠償法上の違法行為と評価されるものであるときは、右違法行為と生命、健康の侵害との間に相当因果関係が認められる限り、被控訴人は、国家賠償法一条により、その被った損害を賠償する義務があるというべきである。

二  医薬品の安全性確保に関する厚生大臣の権限と責務

1  現行法によれば、日本薬局方は、医薬品の『性状及び品質』をはかるため、厚生大臣がこれを定めて公示するものであり、これに収める医薬品の収載基準も、日本薬局方第一部には、主として繁用される原薬たる医薬品及び基礎的製剤を、同第二部には、主として混合製剤及びその原薬たる医薬品を収める旨規定されているにすぎず(四一条)、また、薬局方外医薬品の製造承認についても、その審査基準、審査手続に関する具体的な定めは置かれていない。もとより特定の医薬品に対する薬局方収載後又は製造承認後における副作用の調査追跡に関する規定もなければ、現に販売されている医薬品に重大な副作用のあることが新たに判明した場合に厚生大臣のとり得る措置についての規定も欠けている。要するに、現行法(旧法も同様である。)は、昭和五四年改正法と異なり、医薬品の安全性の確保に関する厚生大臣の権限及び責務についての具体的かつ明確な規定を設けていないのである。このように、現行法が、医薬品の安全性、とりわけ医薬品の副作用に対する具体的かつ明確な規定を置いていないことからすれば、同法は、医薬品の性状、品質の適正を確保すること、すなわち、粗悪不良医薬品に対する規制を主たる目的としており、医薬品の安全性、とりわけ医薬品の副作用については、同法は規制の対象とはしていないと解する見解にも一応の根拠があるといわざるを得ない。

しかしながら、同法の目的が、前述のとおり、不良医薬品の供給から国民の健康と安全を守るというものであること、また、医薬品は、本来、生体にとっては異物であり、その目的とする効果とともに副作用も生ずることが避け難いのが通例であって、重大な副作用があるため、その有用性が否定されるべき医薬品は、国民の生命、健康に対し危険をもたらす不良医薬品とみるべきものであって、同法が、このような重大な副作用のある医薬品を同法の規制の埒外のものとして放置していると解するのは、同法の右目的に反すること等にかんがみると、同法は、性状、品質面における粗悪不良医薬品に対する規制を主たる目的としていることはもとより、副作用を含めた医薬品の安全性の確保をも、その目的とし、規制の対象としているものと解するのが相当である。

すなわち、日本薬局方には、収載医薬品の性状、品質、貯蔵法等の基準のみならず、当該医薬品の、例えば『常用量』も定められているが(乙A第一八ないし第二〇号証)、これは、成人がその量を服用すれば効果があることを示す反面、それを超えると人体に有害な場合があり得ることをも同時に示しているといえるし、また、医薬品の製造承認の際に、厚生大臣は、用法、用量、効能、効果等を審査するのである(一四条一項)が、用法、用量の適否の審査においては、申請に係る適応に対する効果発現の点に配慮して審査が行われるのは当然であるが、それと同時に、その用法、用量における人体に対する副作用等の危険の有無をも必然的に審査判断せざるを得ないのである(審査の対象とされている右『効果等』に、副作用を含めて解釈することも十分可能である。)。現に、厚生省当局も、製造承認申請の際に申請者に提出を義務づけている臨床実験に関する資料について、『申請品目が実際に応用されて如何なる副作用を示すかを明らかにするもので効果判定に際しての重要な資料である。』と説明している(厚生省薬務局監修『医薬品製造指針』昭和三七年度版及び同四一年度版、甲さ第四号証、第六号証)のであり、また、後記のとおり、厚生大臣が、副作用を理由に鎮痛消炎剤(DMSO)や経口避妊薬の製造承認を保留していること、厚生省が、昭和四二年九月に定めた『医薬品の製造承認等に関する基本方針』(同月一三日付け厚生省薬務局長通知・薬発第六四五号、甲さ第七号証)に基づき、製造承認を受けた者に対し既承認医薬品についての副作用情報の収集、報告の義務を課したこと等の厚生省の一連の措置は、現行法が、副作用を含めた医薬品の安全性の確保をも、その目的とし、規制の対象としているものと解するのでなければ、その法的根拠を失うことにもなりかねない。

してみると、現行法は、医薬品の性状及び品質の適正確保、すなわち、粗悪不良医薬品の規制を主たる目的とするものではあるが、それにとどまらず、副作用を含めた医薬品の安全性の確保をも、その目的とし、規制の対象としているものと解するのが相当であり、厚生大臣は、特定の医薬品を日本薬局方に収載し、又はその製造の承認等を行うに当たり、副作用を含めた医薬品の安全性についても審査する権限を有するものというべきである。

2  もっとも、昭和五四年改正法が、副作用を含めた医薬品の安全性の確保のための諸規定(一条、一四条二項、一四条の二、三等)を置いているのに対し、現行法においては、前述のとおり、これらの規定をことごとく欠いており、現行法の目的が、医薬品等に関する事項を規制し、その適正をはかること(一条)にあるとされているにとどまることにかんがみると、現行法は、医薬品の安全性の確保に関しては、本来、当該医薬品に関する豊富な知識、情報を有し、当該医薬品を製造(輸入)し、これを商品(医薬品)として販売する製薬業者等において、第一次的な安全性の確保義務を負うべきであり、また、当該医薬品を、医学的知見に基づき、個々の患者の治療に使用するか否か、どの程度用いるかを決する医師の的確な判断によっても、その安全性の確保がはかられるべきものであって、製造承認等の過程で膨大な数の医薬品の有効性、安全性等の審査を行う厚生大臣が負担する安全性確保義務は、当該医薬品を製造(輸入)、販売する個々の製薬会社等のそれと比較すれば、補充的、後見的なものとする趣旨と解さざるを得ない。そして、厚生大臣が薬局方外医薬品の製造承認を行うに当たっては、現行法上、自ら積極的に当該医薬品の副作用等の安全性の調査確認のための文献、資料を収集するまでの法的義務は課されておらず、申請当時の医学的、薬学的知見に基づき、申請の際に提出された基礎実験、臨床実験に関する資料によって、当該医薬品の有効性、副作用の有無等を、そして最終的には、前記(第四の三)のような見地からその有用性を審査し、承認の可否を決すれば足りるものと解される(ただし、当該医薬品の副作用等の安全性も右審査の対象となるのであるから、厚生大臣は、申請の際に提出された基礎実験、臨床実験に関する資料等から、当該医薬品の安全性に疑義が生じるなどした場合には、申請者に釈明を求め、必要な実験資料等の提出を促したり、命じたりする権限を有するものと解すべきである。)。厚生大臣は、右有用性の審査を通じ、医薬品の安全性を確保すべきものであって、厚生大臣が医薬品の製造承認等をした場合において、当時の医学的、薬学的知見からみて、当該医薬品の副作用の存在を考慮に入れても右有用性を肯定する余地があると認められるときには、厚生大臣は、右製造承認等につき安全性確保義務に違反したものとはいえないものというべきである。

また、前記第五の一の4でみたとおり、日本薬局方、国民医薬品集制定の目的が、繁用される医薬品について、治療上必要な強度、純度及び品質の基準を定め、これを法的に強制することにあるとされていることなどからすれば、現行法は、厚生大臣に対し、特定の医薬品を日本薬局方に収載する場合において、製造承認の場合(製造承認については、申請された個々の医薬品につき、その用法、用量、効能、効果等を、申請者に提出を義務づけている臨床実験に関する資料等に基づき個々的に審査、判断すべきことが明定されている。)と同様の安全性確保義務を負わせているものと解することはできない。

3  現行法には、当該医薬品について薬局方収載時又は製造承認時に知られていなかった副作用が後日判明した場合において、当該医薬品及びこれを製造、販売する製薬業者に対する厚生大臣の規制権限を定める具体的かつ明確な規定がないことは、前述のとおりであるが、現行法の解釈としても、厚生大臣は、右の場合に次のような措置をとり得る権限を有するものと解し得る。

厚生大臣は、中央薬事審議会の諮問を経て日本薬局方を改定する権限を有する(四一条三項)のであるから、当該医薬品を日本薬局方に収載した後に副作用が判明し、厚生大臣がこれを知った時には、改めてその副作用の重篤度、発生頻度等を考慮に入れたうえでの当該医薬品の有用性の有無について中央薬事審議会に諮問し、再評価の結果、その有用性が否定される場合には、これを日本薬局方から削除(改定)することができると解される。

また、重大な副作用の発生を理由とする製造承認の取消し又は撤回の可否については、現行法上明文の規定はないが、これを肯定する余地がある(昭和四五年五月一九日、第六三回国会衆議院決算委員会において、当時の内田厚生大臣が、現行法の解釈として、従前の製造承認が誤りであった場合等においては、明文の規定はなくとも製造承認の取消しは可能である旨の答弁をしていることは、当事者間に争いのない事実である。)。

次に、法律上明示された措置としては、毒薬・劇薬の指定(四四条)、要指示医薬品の指定(四九条)があり、これらは、限られた範囲ではあるが、副作用防止の効果をもち得る措置とみるべきである。

更に、厚生大臣は、一面において、国民の生命、身体の安全を図り、公衆衛生の維持増進に努め、そのために必要かつ適正な行政措置をなすべき一般的な責務を負い、他面において、医事、薬務行政を所管し、製薬業者に対する各種の許認可権限を有する行政庁として、個別の根拠規定の有無にかかわらず、製薬業者の行う医薬品の製造、販売に関し、随時、指導勧告等の行政指導をなし得る立場にある。我が国において、このような行政指導は、一般に、法律上の強制力はなくとも、多くの場合事実上受け入れられ、その趣旨にそった結果が実現されていることは、顕著な事実である。もとより、右行政指導は行政庁の裁量に委ねられているばかりでなく、このような法令上の直接の根拠規定を欠く指導勧告は、製薬業者の営業の自由との兼ね合いから、原則として慎重かつ控え目になされるべきものであって、行政権力が正当な理由もないのに妄りに私人(私企業)の行為に容喙し制肘を加えることは厳に戒められるべきことであるから、行政指導を行わなかったという行政庁の不作為が、私人(私企業)の行為により被害を受けた個々の国民に対する関係で違法行為となることは、原則として、ないものといわざるを得ない。しかしながら、医薬品に関し、国民の健康に被害を及ぼす危険性が顕著となり、現実に多くの被害が発生しているときに、それにもかかわらず製薬業者自らが何らの対策も講じないで放置しているような場合にまで厚生大臣が手を拱いていることは、前記の国民の健康保持の目的のために適正な行政措置をなすべき責務に著しくもとるものであって、具体的な状況如何によっては、厚生大臣が製薬会社に対し、被害回避のための適切な指導勧告をなすことが、国民に対する義務でもあり、それを怠るときは、被害を受けた個々の国民に対する損害賠償義務を負うこととなる例外的な場合があり得るものというべきである。

三  医薬品の安全性に関する厚生省の従前の対応

クロロキン製剤についていえば、前記認定の昭和四四年一二月の使用上の注意事項に関する厚生省薬務局長通知、同四七年四月の『視力検査実施事項』の作成、配布の指示は、右二項の3で述べた指導勧告にほかならず、これらは、クロロキンの副作用対策の過程において重要な意義をもつものということができる。

ここで、医薬品全般に関し、厚生省がこれまでに行ってきた安全性対策を概観する。

甲た第三〇号証の四、五、一一、一二、一五ないし一七、同第三一、第四四号証、甲さ第六ないし第八号証、同第一四号証、同第一五号証の一ないし九、一一ないし一四、一八ないし二一、同第一六号証、乙A第二八、同第三三、第三四、第四五、第四六、第五〇ないし第五三号証、同第六一号証及び甲や第一号証の一ないし四を総合すると、以下の事実が認められる。

1  いわゆるサリドマイド事件は、世界的に薬害に対する関心を高めるに至った。我が国においても、厚生省が昭和三七年六月からサリドマイドの対策を検討してきたが、その結果他の医薬品についても安全性に疑問が生じた。そこで、厚生大臣は、昭和三八年三月にその諮問機関である中央薬事審議会に対し、医薬品の安全性確保の方策について諮問し、その意見に基づき医薬品の安全性確保のための専門部会として、同年三月八日、中央薬事審議会に専門委員三〇名をもって構成される『医薬品安全対策特別部会』が設置された。同年三月一九日開催のその第一回部会で、特に医薬品の胎児に及ぼす影響が取り上げられ、新医薬品については胎児への副作用も併せて考慮すること、新医薬品以外の医薬品については、その副作用に関する情報の収集、評価を行って対策を検討するとともに、諸外国との連絡を密にすること等が審議答申された。

この答申を受けて、厚生省では、同年四月以降原則としてすべての新医薬品の承認に当たって、従来の基礎実験資料に加え、当該医薬品の胎児に及ぼす影響を考慮するために、一定の基準による動物実験成績をも申請者に提出させることにした(昭和三八年四月三日厚生省薬務局長通知、同四〇年五月二八日同局製薬課長通知)。

2  国家行政組織法上の行政機関の一つとして、薬務行政を掌握する厚生省の当時の内部組織、機構を見ると、薬務局の製薬課が医薬品(生物学的製剤及び衛生材料は除く。)の製造業の許可及び製造の承認の事務を、同局企画課が医薬品の輸入販売業の許可及び輸入の承認の事務を、同局監視課が不良又は不正表示の医薬品や医薬品の広告等の取締りに関する事務をそれぞれ所掌していた(厚生省組織令(昭和二七年政令第三八八号)参照)。そして、昭和三八年以降、医薬品の安全対策に関する事務は、事実上、薬務局製薬課が中心となって掌握してきた。かくして、厚生省は、昭和三八年には、各種医薬品安全対策費の予算を計上し、同四〇年度予算として、国立衛生試験所に毒性研究部の新規施設費約七〇〇〇万円、製薬課に医薬品の副作用調査費一一〇万円等が認められるに至った。

昭和四六年に右厚生省組織令は一部改正され、薬務局製薬課は製薬第一課と製薬第二課に分かれ、製薬第二課が『医薬品の効能、効果及び副作用に関する調査を行なう』(同令三五条の三)と定められた。更に、昭和四八年にも同令の一部改正があって、製薬第一課が『審査課』と、製薬第二課が『安全課』とそれぞれ改称された。

3  サリドマイド事件以降、医薬品の安全性を確保するうえで、市販の医薬品の副作用を追跡調査することの重要性が次第に認識されるようになった。すなわち、市販前に、その時点における最高の医学的、薬学的知見に基づき、当該医薬品の安全性に関する臨床試験等の資料を検討した結果、安全であると判断された場合であっても、それだけでは、当該医薬品が広く市販され、条件を個々に異にする多数の人々に使用された場合の安全性を保証することはできないのであり、結局、当該医薬品が市販された後、その使用により副作用が生じたか否かについての追跡調査をすることが、医薬品の安全性確保のうえで重要であることが認識されるようになった。しかるに、従来、厚生省は、右副作用情報を医師からの個々的な報告や製薬業界からの自主的な報告等に頼っており、副作用情報収集の面において極めて不十分な状態であり、多数に上る市販の医薬品の副作用情報を組織的かつ系統的に収集する制度及び右情報を医学、薬学の専門的見地から検討する組織を設ける必要があった。

そこで、昭和四一年一二月に、増大する医薬品の副作用の問題に対処するため、前記の医薬品安全対策特別部会の下部組織として、九名の専門家で構成される『副作用調査会』が設置され、同調査会で、後記の副作用モニターによって組織的かつ系統的に収集された多数の情報及びWHOや諸外国からの通報等の従来のルートによる情報を評価検討するなど、医薬品の安全性に関する全般的な問題が審議されることになった。

かくして、同年一二月一六日に開かれた右調査会の第一回会議で、医薬品副作用調査の実施等について検討がなされ、その審議などを経て、WHOの昭和四〇年五月二〇日の決議(加盟国が国内医薬品モニタリング制度を実施するよう求める決議)を受入れ、昭和四一年度に予算も認められ、同四二年三月から我が国でも国内における副作用モニター制度が実施される運びとなった。

この副作用モニター制度は、調査対象となる全国の国立病院、国立・公立・私立大学附属病院約一四〇箇所約一〇〇〇診療科に、予め一定の様式の調査表を配布しておき、これらの病院で調査の範囲に入る副作用と判断されたものに関する情報を速やかに厚生省に通報してもらうというものである。

更に、同年九月、厚生省は、『医薬品の製造承認等に関する基本方針』を定め(同年九月一三日付け厚生省薬務局長通知・薬発第六四五号)、これによって新医薬品の製造承認申請の際に添付する必要のある資料内容の強化とその細部にわたる明確化を図るとともに、新医薬品について、その製造承認を得た者に対し、現行法七九条の条件としてその後二年間当該医薬品の使用の結果生じたとみられる副作用に関する情報の収集とその報告を義務づけることとなった(なお、右期間は、その後改められ、昭和四六年六月以降は三年間となった。)。

4  以上の組織、制度面での改革で医薬品の安全性に対処するかたわら、厚生省は、昭和四二年ころまでに、個々の医薬品の安全性についても、関係業者等を指導勧告するため、以下のような措置を講じた。

(一) 薬務局長は、昭和二六年六月二六日、グアノフラシン点眼剤の副作用(まつ毛及び眼瞼皮膚の白変)の発生を断つ必要があると認め、関係業者に右点眼剤の製造中止、製品回収を指示するとともに、一般人、医師等に対しても注意喚起の措置をとるよう各都道府県知事宛てに通知した。

(二) 医務局長及び薬務局長は、昭和三一年八月二八日、ペニシリン製剤の副作用(ショック死)の防止につき必要な注意事項を定めて、これを関係業者等に指導するよう各知事宛てに通知した。

(三) 薬務局長は、昭和四〇年二月二〇日、アンプル入りかぜ薬(ピリン系製剤)の服用者の死亡事故が続発したため、各知事に宛てて、その関係業者に対し、アンプル入り医薬品等の使用に当たっては特に副作用による事故防止のため、表示、能書等の添付文書にアレルギー体質者がこれを服用しないよう赤字等で分かりやすく記載すること等の措置をとることの指導を、薬局及び販売業者に対し、一般消費者に販売するに当たっては特にアレルギー体質の有無、添付文書の熟読、用法・用量の厳守等の使用上の注意事項を十分解説して販売することの指導を、それぞれ行い、かつ、一般消費者に対する広報活動をするよう通知した。しかし、それでも死亡事故が続いたので、薬務局長は、同年二月二三日、各知事に宛てて、同剤につき明確な学問的結論が出るまでの間、社会不安を除去する緊急措置として、製薬業者に対し同剤の一般消費者への販売を自粛することに協力方を指導するよう通知し、同時に同日付けで東京医薬品工業協会にも同旨のことを申し入れ、更に、同年三月一日、各知事及び右協会宛てに、右自粛方を要望したにもかかわらず実効がないこと、この際、その趣旨を再確認して製品の回収及び返品を配慮されたい旨通知した。

そこで、関係業者は協議の結果、同月三日、右要望に協力することになり、同月九日、日本製薬団体連合会の名義で厚生大臣に対し、右回収に伴う経済的損失の救済等を要望した。

そして、厚生省は、同年五月七日、中央薬事審議会の意見に基づき、アンプル入りかぜ薬の製造、販売を禁止する措置をとった。

(四) 薬務局長は、昭和四〇年一一月九日、各知事に宛てて、前述のアンプル入りかぜ薬と類似成分のアンプル入り解熱剤(身体が弱っている時に服用するとショック死する危険性がある。)につき、関係業者に対しその製造を直ちに中止すること、市販中の同剤は昭和四一年三月まで売ってもよいが、この場合、かぜの際の解熱剤に用いてはならない旨の注意書を添付すること、昭和四一年三月以降は速やかに同剤を回収することを指導するよう通知した。

(五) 薬務局長は、昭和四〇年一一月一八日、メクリジン、クロルサイクリジン、サイクリジン及びその塩類を含有するすべての製剤(船酔い止めの薬品)について、WHOの医薬品情報No.5(動物実験の結果で催奇形作用のあることが判明し、FDAは、同剤を妊娠又は妊娠可能な婦人が服用すると胎児に有害な作用を及ぼす危険性があるとして、医師の監督がなければ使用してはならない旨の警告を発したという情報)に基づき、各知事に宛てて、同剤の容器若しくは被包又は添付文書に、使用上の注意事項として『妊婦又は妊娠の可能性のある婦人は、この薬の服用については必ず医師と相談すること』という事項を明確に記載すること、既に出荷されている当該医薬品については、速やかに、その販売に当たっては右注意事項を記載した文書を併せて交付できるよう措置することを製造業者等に指導し、また、販売業者にも販売の際には同旨の注意を行うことを指導するよう通知した。

なお、その当時、米国でも我が国においても、実際には同剤による被害は発生していなかった。

(六) 厚生省は、精神科の医師等から甲状腺製剤(シロキシン製剤で本来は甲状腺治療薬であるが、これをやせ薬として使用)の副作用として頭痛、めまいの外に重篤な精神分裂や躁鬱が発症する旨の情報を入手したので、検討の結果、厚生大臣は、昭和四一年二月一二日乾燥甲状腺、ヨウ化カゼイン、ヨウ化チロジン、ヨウ化チロニン、ヨウ化レシチン及びそれら誘導体、塩類の製剤を要指示薬に指定し、そして、薬務局長は、同年三月二日、各知事宛てに、関係業者に同剤の副作用についての使用上の注意事項を記載させるよう指導されたい旨通知した。

(七) 厚生省は、昭和四〇年九月ころ、眼科医等からナファゾリン及び塩酸フエニレフリンを含有する点眼剤によって二次充血の副作用が多く発生している旨の情報を入手した。そこで、薬務局長は、専門家の意見に基づき、昭和四一年三月一二日調剤専用及びそれ以外の各点眼剤の配伍基準量等を定めるとともに、各知事に宛てて、ナファゾリン又はその塩類を含有する点眼剤の容器若しくは直接の被包又は添付文書等に『本品は過度の使用によりかえって充血を招くおそれがあるので、定められた用法を厳守するとともに長期連用は避けること』等の使用上の注意事項を記載すること、既に製造(輸入)された点眼剤で、在庫中のもの及び出荷されたものに係る添付文書等に記載すべき注意事項については、当該点眼剤の交付の際に所定の事項を記載した文書を同時に交付する方法でも妨げないこと等を関係業者に指導するよう通知した。

(八) その後、昭和四三年五月にクロラムフエニコール等の抗生物質の副作用問題が生じ、薬務局長は、同年八月一四日、右製剤につき使用上の注意事項を定め関係業者を指導するよう各知事宛てに通知したが、これを契機として、厚生省は、医薬品の使用上の注意事項を整備する必要を感じ、医薬品全般について、その適正な注意事項を添付文書等に記載させるべく検討を開始した。

なお、その後においても、厚生省は、個々の医薬品に対する製造中止等の指導を行っている(例えば、昭和四四年七月のアミノ塩化第二水銀の製造中止、同年一〇月のポリビニルピロリドンの使用禁止、同四五年五月のキシリット及び同年九月のキノホルムの使用禁止など)。

5  また、承認段階でも、副作用を理由に厚生大臣が決裁を保留していた医薬品もあった。

すなわち、昭和四〇年一一月当時、製薬会社数社からDMSO(ジメチルサルフオキサイド・鎮痛消炎剤)の承認申請がされていたが、米国における動物実験でその副作用として視力障害を発症する旨の報告があり、この報告を基にFDAがその臨床試験を中止するよう指示したとの情報をFDAから得たので、厚生省では右数社に対し、慎重に実験を行うように指示し、厚生大臣はその承認をしなかったところ、右関係会社でも実験を中止した。

更に、厚生大臣は、その当時既に承認申請がされていた経口避妊薬に対する決裁を長期間留保していたが、それは副作用として視力障害の外に血栓症が起こるおそれがあるためであり、いまだその承認をしていない。

6  以上の事実が認められるところ、右1から3までの事実によれば、厚生省は、サリドマイド事件以降、医薬品の安全性を確保するための組織、体制を次第に整備し、とりわけ、昭和四二年以降は、前記の副作用モニター制度が実施され、これにより組織的かつ系統的に収集された副作用情報等が新たに設置された副作用調査会において専門的見地から検討されることになり、また、前記の『医薬品の製造承認等に関する基本方針』に基づき、新医薬品の製造承認の際に添付する必要のある資料内容の強化、明確化が図られるとともに、新医薬品の製造承認を受けた者に対し、その後一定期間当該医薬品の使用の結果生じたとみられる副作用に関する情報の収集と報告を義務づけることとなるなど、厚生省の医薬品の副作用に対処するための組織、制度が、それ以前と比べ、相当整備されるに至ったことが認められる。また、右4及び5の事実によれば、厚生省は、既に旧法の時代から医薬品の副作用による事故防止のために種々の行政上の措置をとってきていること、その多くは法令上の明確な根拠規定に基づかない行政指導として行われてきたことが認められる。

四  本件クロロキン網膜症についての厚生大臣らの安全性確保義務違反(違反行為)の有無

1  厚生大臣の作為による違法行為の有無

(一) 控訴人らは、まず、厚生大臣は、クロロキン製剤の連用による網膜症の発症を予見し得た昭和三五年一月以降においても、製造承認等をすべきでないのに、同年一二月六日にキドラの品目製造許可(効能・慢性腎炎)をしたのを初めとして、昭和三六年一一月六日にキドラについての効能追加承認(効能・慢性腎炎及びリウマチ性関節炎)、昭和三七年三月三一日にCQCの製造承認(効能・腎炎、ネフローゼ)、同年九月一三日にCQCについての効能追加承認(効能・関節ロイマチス)、昭和三八年一二月一三日にキドラについての効能追加承認(効能・気管支喘息、エリテマトーデス等)、昭和三九年一一月一三日にキドラについての効能追加承認(効能・てんかん)を、それぞれ行ったが、右各行為は、いずれも厚生大臣の作為による違法行為であると主張する。

そこで、判断するに、前述のとおり、現行法は、医薬品の性状及び品質の適正確保、すなわち、粗悪不良医薬品の規制を主たる目的とするものであるが、それにとどまらず、医薬品の副作用を含めた医薬品の安全性の確保をも、その目的とし、規制の対象としているものと解すべきであり、厚生大臣が、薬局方外医薬品の製造承認(一四条一項・旧法二六条三項の製造許可)をする場合には、申請当時の高度の医学的、薬学的知見に基づき、申請の際に提出された基礎実験、臨床実験に関する資料によって当該医薬品の有効性、副作用の有無等を、そして最終的には、その有用性の有無の審査を通じてその安全性を確保すべきものであり、効能追加承認(一四条二項)についても、同様に、追加された当該効能との関係での有用性の有無の審査を通じてその安全性を確保すべきである。もとより、医薬品、医学、薬学の進歩は、日進月歩であり、医薬品の有用性の有無についての判断も、固定的、絶対的なものではなく、医薬品、医学的、薬学的知見の進歩に伴い変わり得るものであって、前述のとおり、右判断は、当該時点における高度の医学的、薬学的知見に基づきなされる、一定の時代的制約を伴った相対的な判断なのであるから、厚生大臣がした右製造承認等の適否についても、右製造承認等がされた各時点(昭和三五年一月から同三九年一一月まで)における高度の医学的、薬学的知見の下で、厚生大臣が、医薬品の有用性の有無の審査を通じて、安全性確保義務に違反したものと認め得るか否かを判断しなければならないのである。

右の見地に立って、本件をみるに、前記認定事実によれば、右製造承認等(厚生大臣が控訴人ら主張の日に製造承認等をしたことは当事者間に争いがない。)がされた当時において、クロロキン製剤は、関節リウマチ、エリテマトーデスに対しては、我が国はもとより国際的にも有用性が認められていたこと、てんかんに対しても、その根治薬は発見されていない状況の下で、昭和三九年当時、てんかん治療においてクロロキン製剤を補助剤として使用したときには有効な場合があるとの見解が有力であったこと(これを裏付ける相当数の症例報告があり、これを支持する論文も発表されていたこと)、腎炎(ネフローゼ症候群を含む。)に対しても、当時、クロロキン製剤の使用により、腎炎の極めて重要な臨床的指標である蛋白尿の改善の効果があるとされ、しかも、腎機能の改善(糸球体毛細血管構造における炎症性反応の鎮静化)の効果もあるとの医学的研究発表もなされ、これを支持する見解も相当存するという状況にあり(その後の前記再評価結果においても、クロロキン製剤を投与することは、蛋白尿の改善を、常にではないが、しばしばもたらすものであり、その限度での効果(有効性)は認められている。)、他方、クロロキン製剤の副作用として不可逆性の重篤な網膜障害が生ずることが我が国の医学界において未だ広く知られるに至っていなかったこと、悪化すれば腎不全、尿毒症に移行し、死に至る可能性のある疾病である慢性腎炎について、当時、他に有効な医薬品がなく、人工透析療法や腎移植も未だ一般的に行われていなかったこと等の諸点が明らかであり、右諸点に徴すれば、当時における高度な医学的、薬学的知見の下では、クロロキン製剤の右各適応に対する有用性は肯認し得る余地があったとみるべきであるから、厚生大臣がした右製造承認等については、いずれも安全性確保義務に違反したものと認めることはできない(これを認めるに足りる証拠はない。)。

なお、前記認定のとおり、控訴人ら患者は、慢性腎炎等の腎疾患又は全身性エリテマトーデス治療のために本件クロロキン製剤を使用し、クロロキン網膜症に罹患したものであるから、控訴人らの主張する前記違法行為のうち、昭和三七年九月一三日のCQCについての効能追加承認(効能・関節ロイマチス)及び昭和三九年一一月一三日のキドラについての効能追加承認(効能・てんかん)の各承認行為については、控訴人ら患者のクロロキン網膜症罹患との間に相当因果関係が存するものと認めることはできない。

してみると、控訴人らの右主張は採用することができない。

(二) 控訴人らは、次に、厚生大臣は、日本薬局方に収載すべきでないのに、昭和三六年四月一日にリン酸クロロキン及びリン酸クロロキン錠を第七改正日本薬局方に収載したが、右行為は、厚生大臣の作為による違法行為であると主張する。

しかしながら、右にみたとおり、当時(昭和三六年)における医学的、薬学的知見の下では、クロロキン製剤の前記各適応に対する有用性は肯認し得る余地があったとみるべきであるから、厚生大臣がリン酸クロロキン及びリン酸クロロキン錠を第七改正日本薬局方に収載した行為は、安全性確保義務に違反したものと認めることはできない(これを認めるに足りる証拠はない。)。

してみると、控訴人らの右主張は採用することができない。

(三) 控訴人らは、また、輸入、製造の承認をすべきではないのに、昭和四〇年一二月一四日にウィンスロップ・ラボラトリースに対し硫酸ヒドロキシクロロキンの輸入承認をして以降、昭和四五年一月三一日に岩城製薬に対しトレモニール錠の製造承認をするまで一二回にわたり、繰り返し、クロロキン製剤の輸入、製造の承認をし、クロロキン製剤の医薬品としての適性を再確認したが、右各行為は、厚生大臣の作為による違法行為であると主張する。

しかしながら、控訴人ら主張の右各輸入、製造の承認(請求原因10項(三)(1)(ア)の⑧、⑩、⑭ないし⑲の各承認がされたことは当事者間に争いがなく、その余の承認がされたことは、甲す第一四二、第一四三号証、同第一五一号証により認められる。)に係る各クロロキン製剤の使用により控訴人ら患者が本件クロロキン網膜症に罹患したことを認めるに足りる証拠はなく、また、薬局方外医薬品の製造承認(現行法一四条一項)及び輸入承認(同法二三条、一四条一項)は、個々具体的な申請に対し、品目ごとに個別に行われるものであり、当該医薬品についてされた輸入、製造の承認が、既に右承認を受けている別の品目の医薬品の安全性を再確認する趣旨を含むものと解すべき法的根拠はないから、厚生大臣がした右各クロロキン製剤の輸入、製造の承認と控訴人ら患者が本件クロロキン網膜症に罹患したこととの間には相当因果関係がないものというべきである。

また、前述のとおり、前記再評価以前における医学的、薬学的知見の下では、クロロキン製剤の有用性については、クロロキン網膜症の存在を考慮に入れても、肯定する余地がないわけではなかったのであるから、控訴人ら主張に係る右各輸入、製造の承認が、厚生大臣の安全性確保義務に違反したものと認めることはできない(これを認めるに足りる証拠はない。)。

してみると、いずれにしても、控訴人らの右主張は採用することができない。

(四) 控訴人らは、更に、厚生大臣は、昭和三七年又は昭和三八年以降、第一審被告吉富、同住友、同小野及び同科研に対し、クロロキン製剤を製造(輸入)品目とする製造(輸入販売)業の許可の更新をすべきではないのに、二年ごとにクロロキン製剤を製造(輸入)品目に含めたまま製造(輸入販売)業の許可の更新を認めたが、右各行為は、厚生大臣の作為による違法行為であると主張する。

しかしながら、右のとおり、前記再評価以前における医学的、薬学的知見の下では、クロロキン製剤の有用性については、クロロキン網膜症の存在を考慮に入れても、肯定する余地がないわけではなかったのであるから、控訴人ら主張に係る右各製造(輸入販売)業の許可の更新が、厚生大臣の安全性確保義務に違反したものと認めることはできない(これを認めるに足りる証拠はない。)。

したがって、控訴人らの右主張は採用することができない。

2  厚生大臣の不作為による違法行為の有無

(一) 控訴人らは、本件において、厚生大臣の不作為による違法行為を主張する。そこで、まず、厚生大臣の薬事法(旧法及び現行法。以下同じ)上の権限(行政指導を含む。)の不行使(不作為)が、個々の国民に対する関係で、いかなる場合に国家賠償法上の違法行為となるのかを検討する。

前述のとおり、薬事法の定めるところにより厚生大臣が行う薬事行政は、基本的には消極的な警察取締り作用とみるべきであるが、同法の目的は、不良医薬品(重大な副作用のある医薬品を含む。以下同じ)の供給から国民の健康と安全を守るというものであり、右目的の達成は、医薬品を使用する個々の国民の健康と安全を抜きにしてはあり得ないから、同法に基づく医薬品の適法な規制によって個々の国民の受ける利益は、単なる反射的な利益にとどまるものではなく、国家賠償法上保護された法的利益に該当するものと解すべきであり、誤った規制の下に流通に置かれた不良医薬品を個々の国民が使用することにより生命、健康が害された場合において、その規制の誤りが厚生大臣等の故意又は過失に基づく薬事法上の義務違反行為であり、国家賠償法上の違法行為と評価されるものであるときは、右違法行為と生命、健康の侵害との間に相当因果関係が認められる限り、被控訴人は、国家賠償法一条により、その被った損害を賠償する義務があるというべきである。

しかるに、厚生大臣は、薬事行政上の諸般の事情を考慮し、事項によっては学識経験者等を擁する中央薬事審議会に諮問するなどして、専門技術的知見に基づき、具体的事案に応じ薬事法上の権限を行使するのであって、同法上、右権限の行使に当たっては、右権限行使の可否、時期、態様等について、厚生大臣には、広汎な行政裁量が認められているのである。そして、前述のとおり、薬事法上、医薬品の安全性の確保に関しては、当該医薬品に関する豊富な知識、情報を有し、当該医薬品を製造(輸入)し、これを商品(医薬品)として販売する製薬業者等が、本来的、第一次的な安全性の確保義務を負うべきであり、また、当該医薬品を、医学的知見に基づき、個々の患者の治療に使用するか否か、どの程度用いるかを決する医師の的確な判断によっても、その安全性の確保がはかられるべきものであって、厚生大臣が負担する安全性確保義務は、当該医薬品を製造(輸入)、販売する個々の製薬会社等のそれと比較すれば、補充的、後見的なものと解すべきであるから、厚生大臣が規制権限等を行使しなかったために流通に置かれた不良医薬品を個々の国民が使用することにより被害が発生した場合においても、右被害の賠償責任については、当該不良医薬品を製造(輸入)、販売した製薬会社等が、直接の加害行為者として本来的、第一次的責任を負うべきものであって、厚生大臣の権限不行使を理由とする国家賠償責任は、いわば補充的、後見的なものとして認められるべきである。

以上の点を考慮すれば、厚生大臣が製薬会社等に対して法令上の規制権限を行使しなかったために流通に置かれた不良医薬品により国民の生命、健康に被害が生じた場合であっても、厚生大臣の右権限の不行使をもって直ちに国家賠償法一条一項の違法行為と評価すべきではなく、当該具体的事情の下において、厚生大臣に右権限が付与された趣旨、目的に照らし、その不行使が著しく不合理であると認められるときに限り、右権限の不行使は、不良医薬品により被害を被った個々の国民に対する関係でも、同項の適用上、違法の評価を受けるものというべきである(最高裁平成元年一一月二四日第二小法廷判決・民集四三巻一〇号一一六九頁参照)。そして、厚生大臣が製薬業者等に対して行う指導勧告等の行政指導については、前述のとおり、右行政指導は厚生大臣の広汎な裁量に委ねられているばかりでなく、このような法令上の直接の根拠規定を欠く指導勧告は、製薬業者等の営業の自由との兼ね合いから、原則として慎重かつ控え目になされるべきものであるから、行政指導を行わなかったという厚生大臣の不作為を、製薬会社等の不良医薬品の製造、販売行為及び医師による不適切な医薬品の投与等により被害を受けた個々の国民に対する関係で国家賠償法一条一項の違法行為と評価するのは、法令上の規制権限の不行使の場合よりも更に慎重でなければならず、極めて例外的な場合に限られるものというべきである。

(二) 控訴人らは、まず、昭和三五年以前の厚生大臣の不作為による違法行為として、第一審被告吉富が輸入し、第一審被告武田が販売したレゾヒンがエリテマトーデス、関節リウマチ、腎炎等の治療薬として販売されていた昭和三三年の時点になっても、クロロキン製剤が長期大量に使用された場合の安全性についての検討は十分に尽くされておらず、右検討がされればクロロキン網膜症の知見は容易に得られたはずであったから、厚生大臣としては、右検討を経ていない以上、第一審被告吉富及び同武田に対し、右各疾患を適応症とするレゾヒンの能書上の記載を削除させ、これらの疾患を適応症としてはならない旨指導する法的義務があったのに、このような措置をとることなく、第一審被告吉富及び同武田が右各疾患を適応症としてレゾヒンを輸入、販売していることを漫然放置していたことが、厚生大臣の職務に違反する不作為による違法行為であると主張する。

よって、判断するに、厚生大臣が、当時、控訴人らの主張するような積極的な行政指導をおこなっていれば、あるいはクロロキン網膜症の知見が得られ、我が国におけるクロロキン網膜症の発症の多くを防ぎ得た可能性があることは否定し得ないところである。しかしながら、前記のとおり、当時(昭和三五年以前)、我が国においてクロロキン網膜症の存在は知られておらず(前記の中野彊の東京眼科集談会における我が国で最初のクロロキン網膜症の症例報告は昭和三七年九月である。)、クロロキン製剤が長期大量に使用された場合の安全性を疑問視する研究発表、症例報告等もなされていなかったのであり、当時の医学的、薬学的知見の下で、厚生大臣において、控訴人らの主張するような積極的な行政指導を行うべき法的義務があったものと認めることはできない(これを認めるに足りる証拠はない。)。

したがって、控訴人らの右主張は採用することができない。

(三)(1) 控訴人らは、次に、昭和三六年以降の厚生大臣の不作為による違法行為として、厚生大臣は、違法な(作為)行為をしたものである以上、これを是正し、クロロキン網膜症の発生を防止するためにあらゆる手段(具体的には、①日本薬局方に収載したリン酸クロロキン及びリン酸クロロキン錠を日本薬局方から削除すること、②その余のクロロキン製剤の製造、輸入の承認、品目製造許可を取り消すこと、③リン酸クロロキン及びリン酸クロロキン錠並びにその余のクロロキン製剤につき、劇薬指定その他各種公衆関係指定並びに対業者関係指定又はその他の各種安全確保手段の措置をとること)を講ずべき権限及び義務があったにもかかわらず、これを怠り、漫然放置したことは、不作為による違法行為であると主張する。

しかしながら、厚生大臣が、違法な(作為)行為をしたものとは認められないことは、前記のとおりであるから、これを理由に、控訴人ら主張の右各権限についての厚生大臣の法的な作為義務を認めることはできない。

そこで、以下、昭和三六年以降の具体的状況の下において、厚生大臣の行政指導を含む権限の不行使が、国家賠償法上の違法行為と評価し得るか否かについて、検討する。

(2) 厚生省がクロロキン製剤に関してとった措置、対策等については、前記のそれぞれの箇所で認定したとおりであるが、これをまとめると、次のとおりである。

厚生大臣は、昭和三〇年三月一五日に国民医薬品集に燐酸クロロキン及び燐酸クロロキン錠を収載し、公布して以降、昭和三六年四月一日公示の第七改正日本薬局方及び昭和四六年四月一日公示の第八改正日本薬局方にリン酸クロロキン及びリン酸クロロキン錠を収載した(昭和五一年四月一日公示の第九改正日本薬局方に至って、これらを削除した。)。

厚生大臣は、昭和三七年以降、我が国においてもクロロキン網膜症の症例報告が次第に増加してきた(そのころの厚生大臣の認識件数は、昭和三七年一件、同三八年四件、同三九年二件、同四〇年九件、同四一年八件)ので、このまま放置しておいては被害が増大するとの認識に立ち、クロロキン製剤を劇薬、要指示薬とすべく、遅くとも同四二年の初めころ、その準備に着手し、同年三月一七日、現行法施行規則の一部を改正して、クロロキン、ヒドロキシクロロキン、それらの塩類及びそれらの製剤を劇薬に指定するとともに、昭和三六年厚生省告示第一七号の一部を改正してクロロキンを要指示医薬品に指定し、これを同四二年四月一七日から適用した(ただし、同年九月一七日までは現行法五〇条九号の規定は適用しないものとした。)。

厚生大臣がした右各指定は、クロロキン製剤を、慢性毒性の強いもの、すなわち、長期連続投与した場合、機能又は組織に障害を与えるおそれのあるもの(劇薬指定規準第二)として、具体的には重篤な網膜障害を伴うとの理由で劇薬に指定し、また、使用期間中に医学的検査がなければ危険を生じやすいもの(要指示薬基準第二)として、要指示薬としたものであり、このことは、薬事公報(昭和四二年三月二一日)に掲載され、かつ、薬務局長から各都道府県宛てに通知(同年三月二七日薬発第二〇五号)された。

その後、昭和四四年一二月二三日、薬務局長は、各都道府県知事宛てに、クロロキン、その誘導体又はそれらの塩類を含む製剤につき、『本剤の連用により、角膜障害、網膜障害等の眼障害が、……あらわれることがあるので、観察を十分行ない、異常が認められた場合には投与を中止すること。なお、すでに網膜障害のある患者に対しては本剤を投与しないこと。すでに肝障害又は重篤な腎障害のある患者に対し本剤を用いる必要がある場合には、慎重に投与すること。……』等の使用上の注意事項を定めたので、医薬品製造業者、輸入販売業者、薬局及び医薬品販売業者等を指導し、その周知徹底を図るよう通知した(薬発第九九九号)。右使用上の注意事項は、既に同年五月の段階で関係メーカー間の折衝で製薬会社側の一応の文案ができており、その後、医薬品安全性委員会と厚生省側との検討のうえで定められたものである。右使用上の注意事項が、それ以降、第一審被告製薬会社らの能書書にも記載されたのみならず、同四五年二月二一日発行の『日本医事新報』にスルファミン製剤等の使用上の注意事項として掲載された。

その後、昭和四七年二月五日、中央薬事審議会医薬品安全対策特別部会の会長名をもって、各モニター病院に対しクロロキン製剤の副作用の報告を同年三月一五日までにするよう依頼したところ、この間に一四件のクロロキン網膜症の報告があったことから、厚生省当局は、右薬務局長通知による薬事関係者に対する行政指導が行われたにもかかわらず、クロロキン網膜症がなお発生していることを認識し、中央薬事審議会の副作用調査会に諮って前記の『視力検査実施事項』を定めた(その内容は、クロロキン製剤の連用により、眼障害(可逆性の角膜表層の混濁及び非可逆性の網膜変性)が現れることがあるので、用法・用量に注意し、所定の要領による眼の検査を投与前及び投与中定期的に実施し、視力障害の早期発見に努めること、もし異常がみとめられた場合には、直ちに投与を中止し、適当な措置を講ずること、腎機能障害のある患者に対して用いる場合には、排泄遅延が起こることがあるので、特に視力障害に注意すること等である。)。厚生省当局は、これに基づきクロロキン製剤を製造、販売している第一審被告吉富、同住友、同小野、同科研外一二社を行政指導し、右『視力検査実施事項』を記載した右各社連名の『クロロキン含有製剤についてのご連絡』と題する文書一二万通を作成させ、これを各社の関係医療機関に送付させるとともに、昭和四七年四月二〇日発行の『日医ニュース』に『―医家に謹告―』なる見出しの下に右文書の内容を掲載させた。

(3) また、前記認定のとおり、昭和四〇年五月一八日の医薬品安全性委員会の懇談会において、当時の厚生省薬務局製薬課長であった豊田勤治は、クロロキン網膜症の症例報告があった旨、自身もレゾヒンによる副作用を憂えている旨を述べるとともに、製薬業者に対して情報を知らせるよう求め、その際、要指示医薬品の指定を示唆するような発言をした。

更に、甲や第一号証の一ないし四、乙A第五八、第五九号証によれば、豊田課長は、同四二年三月二四日開催の医薬品安全性委員会の懇談会にも出席し、その席でクロロキン網膜症に言及し、クロロキン製剤の劇薬、要指示医薬品指定に触れるとともに、申請に係るクロロキン製剤については目下審査中であると述べたこと、また、豊田課長は、同年七月二一日開催の同委員会の懇談会においても、特にクロロキン網膜症に注意するよう意見を述べ、リウマチに対し、リン酸クロロキン(二五〇ミリグラム含有)とプレドニゾロンとの合剤を連続投与で長期間服用する場合があり、そうすると網膜障害が起きる可能性があり、これについての副作用調査表での報告はまだ来ていないが、能書にはもっと積極的に注意事項を記載した方が良く、注意事項の記載といった問題については、今後業界がもっと積極的に、指示を受ける前に実施すべきであって、注意事項の記載については消極的な気持のメーカーもあるように思うが、医師、薬剤師に対し注意事項を積極的に啓蒙すべきである旨を述べたこと、以上の事実が認められる(右認定を覆すに足りる証拠はない。)。

(4)  右にみた厚生省の一連の措置、対応は、前記の米国におけるFDAのウインスロップに対する厳しい指導勧告と比較すると、クロロキン網膜症の発生を防止するうえで、緩慢かつ不徹底なものであったとの感は否み難いところである。

しかしながら、前述のとおり、薬事法(旧法及び現行法)には、昭和五四年改正法と異なり、医薬品について薬局方収載時又は製造承認時に知られていなかった副作用が後日判明した場合において、当該医薬品を製造、販売する製薬業者等に対する厚生大臣の規制権限を定める具体的かつ明確な規定がなく(製造承認の取消しの可否については、これを疑問とする見解も存する。)、厚生大臣は、副作用防止対策としては、主として、法令に根拠のない行政指導という方法によらざるを得なかったのである。そして、医薬品の副作用に対する的確かつ迅速な行政指導を行うためには、その前提として、副作用に関する情報収集及びこれを専門的見地から検討する組織・体制の整備が不可欠である。しかるに、前述のとおり、厚生省は、サリドマイド事件以降、医薬品の安全性を確保するための組織、体制の整備に取り組んだが、副作用情報収集の面における従来の極めて不十分な体制・状態(右副作用情報を医師からの個々的な報告や製薬業界からの自主的な報告等に頼っていた。)が改められ、多数に上る市販の医薬品の副作用情報を組織的かつ系統的に収集する制度(副作用モニター制度)及び右情報を医学、薬学の専門的見地から検討する組織(副作用調査会)が設けられたのは、漸く昭和四二年になってからであり、また、前記の『医薬品の製造承認等に関する基本方針』に基づき、新医薬品の製造承認の際に添付する必要のある資料内容の強化、明確化が図られ、新医薬品の製造承認を受けた者に対し、一定期間当該医薬品の使用の結果生じたとみられる副作用に関する情報の収集と報告を義務づけるなど、厚生省の医薬品の副作用に対処するための体制・制度が整うに至ったのも、同年以降であった。

また、厚生省の対応の可否を評価する場合には、前記のとおり、クロロキン製剤は、その副作用としてのクロロキン網膜症の存在が医学、薬学界に広く知られていた昭和四五、六年当時においてさえも、当時の医学的、薬学的知見としては、慢性腎炎の治療に関し、その有用性が、異論の余地なく直ちに否定されるという状況にはなかったことをも考慮に入れざるを得ない(当時、副作用調査会の委員であった順天堂大学医学部眼科教授中島章が、昭和四五、六年当時においても、副作用調査会では、慢性腎炎治療との関係で、クロロキン製剤の服用による副作用として網膜障害が発生するとしても、そのことからクロロキン製剤の有用性を否定し、その販売を直ちに中止させなければならないとの意見は有力ではなく、内科の委員の反対からそのような意見は通らなかったであろうと供述していることは前記のとおりである。)。

これらの諸点を考慮したうえで、本件をみるに、クロロキン製剤による網膜症の発生については、厚生省当局が昭和四〇年五月ころに知っていたことは、同月一八日の医薬品安全性委員会の懇談会の席上での豊田課長の発言から明らかであるが、厚生大臣が、その時点で直ちに迅速な対処を要するような重大な事実が生じているとの事実を認識していたとは認められず(前記のとおり、昭和四〇年以前の時点で、厚生省が認識していたクロロキン網膜症の件数は、七件であった。)、その後のクロロキン網膜症の件数の増加に応じて、昭和四二年三月に行った劇薬・要指示医薬品の指定は、法律上の根拠に基づく処分であり、限られた範囲ではあるが、クロロキン製剤の濫用を防止する効果を期待し得るものであって、適切な措置であったと評価し得る。次いで、同年七月には、業界の自主的組織である医薬品安全性委員会の懇談会の席上での非公式の発言ではあるが、豊田課長が製薬業者の委員らに対し、製薬業者が自発的、積極的にクロロキンによる網膜障害についての警告を能書に記載するよう要望したが、これも広い意味での行政指導と評価し得る。そして、昭和四四年一二月には、前記の使用上の注意事項に関する薬務局長通知を発し、行政指導により、第一審被告製薬会社らの能書等にクロロキン製剤の連用により網膜障害の発生の可能性があること、異常が認められた場合には投与を中止することを明記させるなどしたものであり、適切な行政指導であると評価し得る。更に、昭和四七年には、右薬務局長通知及びそれに伴う行政指導が必ずしも効を奏していないことが判明したので、前記の『視力検査実施事項』を定め、第一審被告製薬会社ら一二社に対し、これを記載した『クロロキン含有製剤についてのご連絡』と題する文書一二万通を作成させ、関係医療機関等に送付させるなどの行政指導を行ったものである。これらの厚生省の一連の対応及び措置は、クロロキン網膜症に罹患した控訴人ら患者及びその家族の立場からみて、その対応が遅きに失し、消極的かつ微温的に過ぎると感ずるのも無理からぬ面があるといわざるを得ない。しかしながら、前述の行政指導の性質・限界、また、医薬品の副作用回避の措置は、本来、これを製造、販売する製薬会社等において自発的かつ積極的に行うべき義務があり、厚生大臣の安全性確保義務は、後見的、補充的なものであること、クロロキン製剤は、その副作用としてのクロロキン網膜症の存在が医学、薬学界に広く知られていた昭和四五、六年当時においてさえも、当時の医学的、薬学的知見としては、慢性腎炎の治療に関し、その有用性が、異論の余地なく直ちに否定されるという状況にはなかったこと等の前記の諸般の事情を考慮すると、右にみた昭和四七年四月までの本件の経過において、厚生大臣が右の一連の措置等よりも、より迅速、強硬な措置をとらなかったこと(権限の不行使)が、厚生大臣に薬事法上の諸種の権限が付与された趣旨、目的に照らし、著しく不合理であるとまでは認め難く(これを認めるに足りる証拠はない。)、厚生大臣の本件における前記対応をもって、国家賠償法一条一項の(不作為による)違法行為と評価することはできないものといわざるを得ない。

してみると、控訴人らの前記主張も採用することはできない。

3  豊田課長の不作為による違法行為の有無

控訴人らは、豊田課長(昭和三九年八月から昭和四二年九月まで厚生省の製薬課長であった。)は、リウマチ治療のためにレゾヒンを薬局で買い求め、服用していたが、昭和四〇年四月ころ、福地言一郎(当時、日薬連医薬品安全性委員会委員長)から、クロロキン網膜症についての情報を得、同年三月に開かれたリウマチ学会の学会抄録を受け取り、クロロキン網膜症についての医学的情報を入手して、自らは使用を中止しておりながら、クロロキン網膜症発生防止のための有効適切な対策を何一つとして講じなかったのであり、右は重大な職務義務違反であり、不作為による違法行為であると主張する。

しかしながら、前記のとおり、医薬品の副作用に対する的確かつ迅速な措置をとるためには、その前提として、副作用に関する正確かつ迅速な情報収集が不可欠であるが、副作用情報収集の面における従来の極めて不十分な体制・状態が改められ、医薬品の副作用情報を組織的かつ系統的に収集する制度(副作用モニター制度)が設けられたのは、昭和四二年になってからであり、昭和四〇年以前の時点で、厚生省が認識していたクロロキン網膜症の件数は、七件であったこと、クロロキン製剤は、当時、他に有効な薬剤がほとんどない慢性腎炎の治療に広く用いられており(アンプル入りかぜ薬の場合とは、治療の対象となる病気の重篤度、代替薬の有無、副作用の内容の点において、事案を全く異にする。)、当時はもとより、その副作用としてのクロロキン網膜症の存在が医学、薬学界に広く知られていた昭和四五、六年当時においてさえも、当時の医学的、薬学的知見としては、慢性腎炎の治療に関し、その有用性が、異論の余地なく直ちに否定されるという状況にはなかったこと、また、豊田課長も、前記の情報を入手した後、クロロキン網膜症発生防止に関し、手を拱いていたわけではなく、昭和四〇年五月には、医薬品安全性委員会の懇談会の席上で、クロロキン製剤を使用した自らの体験を踏まえ、製薬業者に対し、クロロキン網膜症についての注意を喚起し、クロロキン網膜症についての情報提供を求め、要指示医薬品の指定を示唆する旨の発言をし、昭和四二年三月の劇薬・要指示医薬品の指定には、担当課長として尽力し、更に、同年七月には、医薬品安全性委員会の懇談会の席上で、製薬業者の委員らに対し、製薬業者が自発的、積極的にクロロキンによる網膜障害についての警告を能書に記載するよう要望するなど、結果からみる限りそれほど効果的であったとは認められないが、所管の課長として、それなりの対応、措置をとっていることが明らかであり、当時の具体的状況の下で、豊田課長の右対応(より迅速に有効適切な措置をとらなかったという不作為)が、重大な職務義務違反であるとまでは認め難く、これをもって国家賠償法上の違法行為であると評価することはできない。

してみると、控訴人らの右主張も採用することができない。

4  渡辺課長の不作為による違法行為の有無

控訴人らは、豊田課長の後任として、昭和四二年九月から昭和四四年九月まで厚生省の製薬課長であった渡辺康は、右在任中、クロロキン網膜症防止のための有効適切な措置をとらず、豊田課長と同様の不作為(職務義務違反)を続けたのであり、右行為は、豊田課長の右不作為よりも時期が後であるだけに、より重大な違法行為である旨主張する。

しかしながら、右のとおり、豊田課長に、重大な職務義務違反があるとは認めることはできないのであり、本件全証拠によるも、その後任である渡辺課長に、国家賠償法上の違法行為であると評価し得るほどの重大な職務義務違反があったことを認めるに足りる証拠はない。

したがって、控訴人らの右主張も採用することができない。

五  本件クロロキン薬害における厚生大臣らの故意・過失の有無

控訴人らは、厚生大臣は、クロロキン製剤によりクロロキン網膜症が発生することを認識していながら、前記のとおり、キドラ等の本件クロロキン製剤について製造承認等を行い、昭和三六年四月に日本薬局方にリン酸クロロキン及びリン酸クロロキン錠を収載し、昭和四〇年一二月以降もクロロキン製剤の輸入、製造の承認をし、昭和三七年又は昭和三八年以降、二年ごとに第一審被告吉富等に対し、クロロキン製剤を製造(輸入)品目に含めたまま製造(輸入販売)業の許可更新を行い、クロロキン網膜症の発生を認容していたものであるから、厚生大臣には、右各行為につき、故意責任がある旨主張するが、厚生大臣がクロロキン製剤によりクロロキン網膜症が発生することを認識し、その発生を認容しながら、右各処分をしたことを認めるに足りる証拠はない。

また、控訴人らは、厚生大臣の右各違法行為(作為及び不作為を含む。)並びに豊田課長及び渡辺課長の前記違法行為には、少なくとも過失責任がある旨主張するが、厚生大臣及び右各課長に、クロロキン網膜症回避措置を怠った義務違反があることを認めるに足りる証拠はないから、その過失も認めることはできない。

したがって、控訴人らの右主張は、いずれも採用することができない。

してみると、被控訴人は、控訴人ら患者のクロロキン網膜症罹患について損害賠償義務を負うものではなく、控訴人らの被控訴人に対する請求は、その余の点について判断するまでもなく、失当である。」

第二  よって、これと同旨の原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担について民訴法九五条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官越山安久 裁判官田中康久 裁判官高橋利文)

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